神社の裏手から獣道を抜けて、ぼくらは見晴らしのいい場所に出た。
そこは山の頂上近くにある原っぱだった。小さいながらも町全体を見渡せる場所だ。
「わあ……!」
彼女が感嘆の声を上げた。眼下に広がるは街の灯りたち。
「こんな場所があったんですね……」
「すっかり忘れてたよ。花火大会の時はいい穴場なんだけど」
何人かカップルもいるようだけど、境内に比べると随分少ない。
ちょうどいい大きさの岩が側にあったので、ぼくらはそれに腰掛けた。
「今日は楽しいことばかりです」
ブルーハワイの氷を口に含みながら、彼女は笑った。
「ぼくも楽しかったよ。昼間頑張った分、余計にね」
メロン味をストローの先ですくいながら返すと、彼女は肩をすくめた。
「明日もきちんとやりますからね」
「ま、真面目だなあ」
「学生の本分ですから。しっかり手本を見せてくださいね、『先輩』」
「こういうときだけ先輩呼ばわりするんだから……」
ぼやきながらも、彼女の軽口を嬉しく思う。
彼女が愛莉さんに遠慮しないように、ぼくに対しても遠慮しないでほしい。
最近それが顕著に感じられて、ぼくはそのことが本当に嬉しいのだ。
近付きたい。
もっと触れ合いたい。心も。体も。
「綺麗ですね……」
夜景を見ながら彼女は呟く。
ぼくはすぐ隣の彼女の存在を苦しい程に意識した。
右手を肩に回した。
「!」
彼女の体がびくりと震えた。
その反応に心臓が強く跳ねたけど、ぼくは動揺を抑え込んで、彼女の体を引き寄せた。
「あ……!」
肩同士が触れ合う。
左手で彼女の手を取る。かき氷のカップを地面に置かせた。
「あ、あの」
ひどく狼狽した様子にぼくは怯みそうになる。でも、引きたくない。
「抱き締めたい」
耳元で小さく囁いた。
彼女はどう答えていいかわからず、おろおろしていた。
ぼくはその間動かなかった。ただ静かに待った。
やがて彼女はこくん、と頷いた。
真っ赤に染まった耳にありがとうと囁き、ぼくは彼女を抱き締めた。
細い体。小さな肩。柔らかい髪。
愛しさが胸から溢れそうなくらい爆発して、ぼくはただひたすら彼女をかき抱く。
そして思った。ぼくはもうすっかり重病だ。彼女無しにはいられない。
「心臓の、音が……聴こえます……」
かすれた声で彼女が言った。
心音が確かに聴こえる。
互いのドキドキが伝わってくる。
「さっき……願いごとを、したよ」
「……何て?」
「君と触れ合いたい、って……」
「……」
「叶ったことに、なるのかな……」
「わかりません……」
「……」
「でも……幸せです」
手が絡み合った。
体を少しだけ離した。
真横にあった頭が正面に来て、目と目が合う。
視線が重なる。
言葉はなく。
想いだけが交錯し。
夏の夜のひとときに、ぼくらは静かな口付けを交わした。
◇ ◇ ◇
触れ合う時はほんの数秒。
でもその数秒は、ぼくにとって永遠のように長かった。
ゆっくり、唇を離す。
世界で一番幸せだとさえ思い、ぼくは改めて愛しい恋人の顔を見つめた。
──飛び込んできたのは、彼女の泣き顔だった。
「──え?」
予想外の光景に頭が真っ白になった。
嬉し泣き、ではない。
どうして?
彼女が慌てたように飛び退る。
彼女自身も自分の状態を理解できないでいるようだった。
困惑気味に自分の瞼を擦り、それからぼくを見やった。
ぼくはその時、どんな表情をしていたのだろう。
「ごめ……、なさい……っ」
彼女は立ち上がると、そのまま来た道を駆け出した。
彼女が、離れていく。
ぼくは放心して、その後ろ姿をただ見つめ続けていた。