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 ふれたくて・4


 神社の裏手から獣道を抜けて、ぼくらは見晴らしのいい場所に出た。
 そこは山の頂上近くにある原っぱだった。小さいながらも町全体を見渡せる場所だ。
「わあ……!」
 彼女が感嘆の声を上げた。眼下に広がるは街の灯りたち。
「こんな場所があったんですね……」
「すっかり忘れてたよ。花火大会の時はいい穴場なんだけど」
 何人かカップルもいるようだけど、境内に比べると随分少ない。
 ちょうどいい大きさの岩が側にあったので、ぼくらはそれに腰掛けた。
「今日は楽しいことばかりです」
 ブルーハワイの氷を口に含みながら、彼女は笑った。
「ぼくも楽しかったよ。昼間頑張った分、余計にね」
 メロン味をストローの先ですくいながら返すと、彼女は肩をすくめた。
「明日もきちんとやりますからね」
「ま、真面目だなあ」
「学生の本分ですから。しっかり手本を見せてくださいね、『先輩』」
「こういうときだけ先輩呼ばわりするんだから……」
 ぼやきながらも、彼女の軽口を嬉しく思う。
 彼女が愛莉さんに遠慮しないように、ぼくに対しても遠慮しないでほしい。
 最近それが顕著に感じられて、ぼくはそのことが本当に嬉しいのだ。
 近付きたい。
 もっと触れ合いたい。心も。体も。
「綺麗ですね……」
 夜景を見ながら彼女は呟く。
 ぼくはすぐ隣の彼女の存在を苦しい程に意識した。
 右手を肩に回した。
「!」
 彼女の体がびくりと震えた。
 その反応に心臓が強く跳ねたけど、ぼくは動揺を抑え込んで、彼女の体を引き寄せた。
「あ……!」
 肩同士が触れ合う。
 左手で彼女の手を取る。かき氷のカップを地面に置かせた。
「あ、あの」
 ひどく狼狽した様子にぼくは怯みそうになる。でも、引きたくない。
「抱き締めたい」
 耳元で小さく囁いた。
 彼女はどう答えていいかわからず、おろおろしていた。
 ぼくはその間動かなかった。ただ静かに待った。
 やがて彼女はこくん、と頷いた。
 真っ赤に染まった耳にありがとうと囁き、ぼくは彼女を抱き締めた。
 細い体。小さな肩。柔らかい髪。
 愛しさが胸から溢れそうなくらい爆発して、ぼくはただひたすら彼女をかき抱く。
 そして思った。ぼくはもうすっかり重病だ。彼女無しにはいられない。
「心臓の、音が……聴こえます……」
 かすれた声で彼女が言った。
 心音が確かに聴こえる。
 互いのドキドキが伝わってくる。
「さっき……願いごとを、したよ」
「……何て?」
「君と触れ合いたい、って……」
「……」
「叶ったことに、なるのかな……」
「わかりません……」
「……」
「でも……幸せです」
 手が絡み合った。
 体を少しだけ離した。
 真横にあった頭が正面に来て、目と目が合う。
 視線が重なる。
 言葉はなく。
 想いだけが交錯し。

 夏の夜のひとときに、ぼくらは静かな口付けを交わした。

          ◇     ◇     ◇

 触れ合う時はほんの数秒。
 でもその数秒は、ぼくにとって永遠のように長かった。
 ゆっくり、唇を離す。
 世界で一番幸せだとさえ思い、ぼくは改めて愛しい恋人の顔を見つめた。



 ──飛び込んできたのは、彼女の泣き顔だった。



「──え?」
 予想外の光景に頭が真っ白になった。
 嬉し泣き、ではない。
 どうして?
 彼女が慌てたように飛び退る。
 彼女自身も自分の状態を理解できないでいるようだった。
 困惑気味に自分の瞼を擦り、それからぼくを見やった。
 ぼくはその時、どんな表情をしていたのだろう。

「ごめ……、なさい……っ」

 彼女は立ち上がると、そのまま来た道を駆け出した。
 彼女が、離れていく。
 ぼくは放心して、その後ろ姿をただ見つめ続けていた。

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