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 ふれたくて・3


          ◇     ◇     ◇

 石段を上がって境内に辿り着くと、様々な屋台が整然と並んでいた。人の数はまだ少なめだ。
 ここに来る途中でもいくつか屋台が出ているのを見掛けた。何かを焼く芳ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
「いっぱい並んでますねっ」
 彼女が嬉々とした声を発する。うきうきと楽しげな様子が、顔を見なくても伝わってくる。
「とりあえずお参りしようか」
「この間と同じですね」
 先日訪れた時と同様に、ぼくらは拝殿に向かって参道を進んだ。
 賽銭箱に小銭を放り込んで、またお願いごとをする。
 今日はもう少しだけ具体的な願いごとをしてみた。
 それは彼女と、
「あ、金魚すくい」
 彼女が下駄をからから鳴らしながら屋台に近付いた。簡易な水槽の中を金魚たちが元気に泳いでいる。
「いっぱいいますね」
「やってみる?」
「……うまくできるでしょうか?」
「それは腕次第……って、ひょっとして」
「初めてです」
 金魚すくい初体験か。それで結果を求めるのは酷だろう。
「とりあえずやってみたら?」
「はい、がんばります!」
 金魚すくいにそんなに気合い入れる人を初めて見た。
 店のおじさんにお金を渡してポイを受け取る。彼女の隣で小学生くらいの女の子が小さな金魚を一匹ゲットしていた。それを見て彼女も後に続こうと袖をまくった。
 ちゃぷ。
「あ」
 彼女の初挑戦は五秒で終わりを告げた。
 彼女は一瞬呆然となったけど、すぐに二度目に挑戦する。
 今度はかなり慎重にポイを操ろうとした。しかし手ブレをうまく抑えられず、再び失敗。
「難しいですね……」
 まあ基本的に失敗ありきの遊びだとは思う。
「でも楽しかったので良しです」
 彼女は満足したのか、すっくと立ち上がった。
「もういいの?」
「心残りではあるんですけど、他にもやってみたい遊びや巡ってみたいお店がたくさんあるので」
 彼女は店のおじさんにぺこりと頭を下げた。おじさんは照れ臭そうに手を上げて応えた。
 物珍しげに周りをきょろきょろ見回す。
 彼女はあまりこういうイベントに参加したことがないようで、期待と不安に満ちた目を周囲に送っていた。
 ぼくは隣に立ちながらそれを危なっかしく思っていた。
 まだ明るいけど、すぐに夜になる。さっきより人も多くなってきている。そんなに広くない神社とはいえはぐれたら危ないだろう。
 少し迷いながら、彼女の手を取った。
「あ……」
 彼女が小さな声を漏らした。顔をほんのり赤く染めて、ぼくを見つめる。
 ぼくは照れを押し隠して、にっこり笑顔を返した。
「次はどこを回る?」
「え? あ、はい、えっと……」
 祭りの喧騒の中で彼女の手の感触だけが直接肌に伝わってくる。
 その柔らかさに沈み込むように、ぼくは掌に意識を傾けた。
 まだ微かに緊張している彼女のそれを、解きほぐすように、指先に優しく力を入れた。


 それから彼女といろんな店を回った。
 射的、型抜き、籤引き、輪投げ、水風船釣り、様々な店で遊んだ。どれも他愛のない遊びばかりだけど、彼女と一緒に巡るだけで何よりも楽しく思えた。
 一緒に綿あめを食べながら他の人の様子を眺めるのも楽しかったし、昔懐かしの瓶入りラムネを彼女が飲みにくそうにしていたのも面白かった。中のビー玉は窪みに引っ掛けるんだよ、と教えると感心したのも束の間、すぐ教えてくれてもいいじゃないですか、と軽くへそを曲げられた。
 楽しかった。
 いつの間にか互いの手はしっかり指を絡めていて、恋人繋ぎになっていた。彼女は気付いているだろうか。いや、気付いてないわけがない。少しでも離れそうになるとそれを拒むように強く握り返される。彼女の想いが伝わってくるようで、それがたまらなく嬉しい。
 どれだけの時間が経っただろうか。
 あらかた屋台も巡り終えて、ぼくらは隅っこの方から祭りの様子を眺めていた。ライトや提灯の光が夜闇を打ち消すように周囲を照らす中、ぼくらの立つ場所は喧騒の中心から離れていて、ちょうど闇との境目にいるような気がした。
 彼女が水風船を楽しげに動かしている。
 上下する風船はまるで生き物のように元気で、先程の金魚と僅かに重なった。夜の海を泳ぐ風船金魚。
「そういえば」
 彼女が思い出したように尋ねてきた。
「金魚すくいだけしませんでしたね。どうしてですか?」
 ぼくが、という意味だろう。確かにそれだけやらなかった。
「飼えないから」
「え?」
「うちには水槽もないし、積極的に欲しい気もないから、やりたくなかった」
「……」
 死なせてしまうくらいなら、最初からやらない方がいい。
「お店の方にお返しすれば済むことでは?」
 彼女が不思議そうに言った。
 …………。
「……全然思いつかなかった」
 呆然と呟くと、彼女がくすくす笑った。
「笑わないでよ」
「ごめんなさい、でもおかしくって」
「なんで思いつかなかったんだろう……」
 ぼくは恥ずかしくなってうなだれる。
 気を取り直すように彼女が言った。
「そういえば、まだかき氷食べてませんね」
「ああ」
 たこ焼き、焼きそば、フランクフルト、綿あめ、りんご飴、ラムネ、いろいろ食べ歩きながら、夏の定番を忘れていた。夜とはいえ、夏の熱気に喉も渇いている。
「じゃあ買いに行こっか」
「はい!」
 彼女の元気な返事につられるように思わず笑みがこぼれた。
 こんなに喜んでもらえている。本当に来てよかった。
 かき氷を買ったら帰ろう。そう思いながら参道に戻ろうとして、
「……」
 ふと思い出した。
「どうしたんですか?」
 彼女の問いかけにぼくは首を巡らす。
 間近にある彼女の顔を見ながら、ぼくは答えた。
「まだ行ってないところがあったよ」

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