自宅でそのことを考えていると、メールが来た。
親友でクラスメイトの竹下葉子からだった。風見程ではないが、小学校からの長い付き合いだ。
『おっす。今何やってる?』
紗枝は簡素な言葉で答えた。
『だらけてる』
すぐにメールが返ってくる。
『ベッドの上はさぞ気持ちよかろう。大方ぼんやり考え事でもしてたんでしょ?』
紗枝は驚いた。なんでわかるんだろう。
『どうして?』と返す。
『あんたの様子が最近変だったからね。やたら橋本君を避けるし、ぎこちなかった』
そんなに変だっただろうか。自分ではわからなかった。
『橋本君と何かあった?』
少し遅れてそんな問いが来た。
『何それ』
『意識してんのバレバレ。喧嘩でもしたの?』
『違うよ』
『じゃあ何?』
「……」
紗枝はしばし返事に迷い、結局正直に返すことにした。
『かざくんから告白された』
『あー、それでか。で、思い悩んでると』
『バレンタインに言われて、まだ返事をしてないの』
『付き合えばいいじゃん。橋本君のこと好きじゃないの?』
また返答に困ることを。
『わからないの。かざくんのことは好きだけど、それってかざくんと同じ好きなのかな』
『よくわからないけど、どういう意味?』
『家族みたいな感じかな。家族ともちょっと違うけど……かざくんはかざくんだから』
『ますますわからん』
紗枝は少し気落ちした。自分だけなのだろうか、こんな感覚は。
『でも、避けることないじゃない』
『だって、気まずいよ』
『気まずくても避けたら駄目でしょ。変わらずに接してやりなさい』
『人ごとだと思って』
すると、今度はメールではなく着信が来た。
「紗枝。喋らなくていいから聞きなさい」
電話に出ると、葉子は開口一番そう言った。
「橋本君を好きかどうかはあんたにしかわからない。だから私には何も言えない。でも、逃げたら駄目でしょ」
遠慮ない言葉に紗枝はむっとした。
言い返そうとするが、葉子は言葉を続けて紗枝に喋らせない。
「好きって言ってくれた相手を避けるな。向き合って、苦しんで、悩め」
「……」
「告白してきた相手も相手なりに悩んだはずよ。世の中軽い人間もたくさんいるけど、橋本君はそうじゃないでしょ?」
「……」
「あんたが返事をするまで橋本君は待ってくれると思う。あんたはただ答えを出せばいい。だから、避けるな」
「……」
「言いたいことはそれだけ。いきなり電話してごめん。それじゃおやすみ」
通話が切られた。
それっきり電話は鳴らない。
「……」
言いたいことはよくわかる。
向き合えればいいとは思うのだ。でも風見に会って、意識しないでいられる自信がない。
いつも通り接することなど、自分には、
「……」
もう寝よう、と紗枝はため息と共に部屋の電気を消した。
次の日。
紗枝が家を出ると、風見が門の前で待っていた。
いつもより早い時間のはずなのに、と紗枝は戸惑う。
「おはよう」
変わらない様子で風見は笑顔を向けてきた。
紗枝はぎこちなく頷き、そのままうつ向く。
自分はこんなに臆病だっただろうか。
一応古武道の有段者なのに、クラスの委員もやっているのに、勇気が持てない。
「紗枝」
名を呼ばれ、びくりと体が震えた。
「……ありがとうな」
震えが止まった。
「……?」
顔を上げて、相手の表情を伺う。
風見は、笑っていた。
「気まずいんだろ?」
「……」
「でも気まずいってことは、真剣にぼくのこと考えてくれているってことだよな」
「……」
「それが嬉しい。だから、ありがとう」
その笑みは控え目だったが、本当に嬉しそうだ。
答えを出していない自分にありがとうなんて、言われる資格はないのに。
でも、
「……」
気付けば紗枝は、自然と微笑んでいた。
風見が一瞬驚いた顔をして、応えるようにまた微笑む。
気まずい思いが晴れたわけではない。
でも風見が、こんなに変わらず微笑んでくれるなら、こっちも笑顔を返したい。
向き合うための一歩だ。
「行こうか」
風見の言葉に紗枝ははっきり頷いた。
少しずつ、紗枝は気持ちを整理していった。
風見とも普通に接する。一緒に登校し、お弁当を共に食べる。
風見は変わらない。一ヶ月という時間を、彼は素直に待つつもりだろう。だから何も言わない。
紗枝も何も言わない。返事を伝えるのはホワイトデー。それまでは考え続けるつもりだ。
真剣に応えるために、一ヶ月間悩むつもりだ。
だが、あまりそれを苦しいとは思わなかった。
少し前までは苦しかったと思う。でも今はどこか楽しく感じる。
風見のことを考えるのが楽しいと感じる。
不思議だった。悩ましいのが楽しく、心苦しいのが嬉しい。そんなことが有り得るなんて。
風見の気持ちが本当に嬉しいからかもしれない。想われることが嬉しい。
じゃあ、紗枝は?
風見のことが好き?
「……」
そうして紗枝は考え続け──お返しの日は訪れた。