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断らない彼女・4


          ◇     ◇     ◇

 放課後。
 急いで教室を出ていく亜季を窓際の席から見つめていると、後ろから声がかけられた。
「ユキナリくん」
 振り返ると依子がニコニコと笑顔を浮かべていた。
「なんだよ」
「つれない反応だなあ。おねーさんもっと素直な子が好きですよ?」
「同い年だろうが」
「早生まれのくせに」
 なんで知ってるんだ。
「亜季ちゃんに聞いたの。三月生まれだから私の方がおねえさん、だって」
「……」
 雪成は閉口した。昔から言われているそれは、雪成の気に入らないネタの一つだ。
「……何の用だよ」
「いやいや、今日は亜季ちゃんと帰らないの?」
「今日も、だ。いつも一緒に帰ってるわけじゃない」
「そうなの? 仲良いのに」
「幼馴染みだからな」
 言いながら、自分で嫌な返しだ、と思った。
 幼馴染みというだけで仲良くしているわけじゃない。少なくとも雪成はそうだ。
 好きだから近くにいるのだ。
 すると依子は小さく首を傾げた。
「とっても綺麗な縁で繋がってるのになあ……」
 意味のわからないことを言う。
「は?」
「ああ、いやなんでもない。こっちの話。うーん……でもなあ」
「なんなんだよ」
「ユキナリくんは亜季ちゃんのこと好きなんでしょ?」
 いきなりずばりと言われて、雪成は息が詰まった。
 赤くはならなかったと思うが、すぐには答えられなかった。
「告白はしたの?」
「──待てよ、なんで俺があいつを好きってこと前提で話進めてんだよ!?」
「声大きいなー」
 はっと気付いた時にはもう遅かった。
 教室に残っていた結構な数のクラスメイト達が、興味深々の目を向けてきていた。
 さすがに顔が熱くなった。恥ずかしさに頭を抱えたくなる。
 依子はそんな雪成の肩を軽く叩くと、小さく囁いた。
「ここだと色々面倒だから、出よっか。一緒に帰ろ?」
 雪成はじろりと相手を睨み、しかし何も言い返せずに力なく頷いた。



「えっ? じゃあ亜季ちゃんは今先輩の告白を受けてるの?」
 下駄箱でスニーカーに履き替えながら、依子が驚いたように言った。
「それってユキナリくんにはおもしろくないよね」
「……何でだよ」
「もう。自分の気持ちには素直になった方がいいよ。好きなんでしょ?」
「……」
 ストレートな物言いは反論を許さない程に強烈だった。
 気に入らない。清々しいくらいに気に入らない。
「ずかずか人の心に入り込んできて楽しいか? 俺は不愉快だ」
「ごめん」
 素直に謝られた。
 まるでこちらが悪いように思えてきて、雪成は舌打ちした。
「……好きだよ、あいつのことは」
 苦々しい口調で、しかし素直に雪成は己の気持ちを吐露した。
「小さい頃から一緒で、あいつのことはなんでも知ってる」
 靴を履き替えながら独り言のように続ける。
「きっと嫌われてはいない。むしろ向こうだって、自惚れじゃなく俺のことを好いてくれていると思う」
「うん」
「けど……近すぎるんだよ、やっぱり。この距離に、幼馴染みの距離に慣れてるし、今の関係も嫌いじゃない。それを壊すのって、怖くないか?」
「うーん」
 依子はあまり納得できないようである。
 外に出ると夕方ながら、残暑の太陽が厳しく体を照り付けてきた。
「例えばさ」
 右手で体をぱたぱたと扇ぎながら、依子が呟いた。
「例えば、テストの解答用紙がある人の目の前にあるとするよ?」
「何の話だ?」
「例え話だよ。答えも見当がついているのにその人は答えを書かない。それは間違えたらどうしよう、って臆病な気持ちが決断を妨げているせい」
「……」
「でも書かなければ、そのまま制限時間を過ぎれば、どのみち不正解で終わってしまう。だから追い詰められたら人は駄目元で答えを書くの」
「……」
 いまいち何が言いたいのかわからない。
「でも、それは制限時間があるから決断するわけで、それがなければその人は答えをいつまでも書けないと思うの」
「……」
「で、今のユキナリくんはそういうものに追い立てられていない。物書きさんだって〆切設けられなかったらいくらでも怠けると思う。『まだ時間はある』ってね」
「……」
「だけど人生には、そんなわかりやすい〆切や制限時間なんて設けられていないんだよ。知ってる? 宇宙にはたくさんのチリがあって、いつ地球に落ちてくるかもわからないんだって。ひょっとしたら私たち、明日にも死んじゃうかもしれないんだよ? 隕石落下のディープインパクトで。三冠馬には勝てないんだよ」
「うまくねえよ。……そりゃ先のことはわからないしな。そういうこともあるかもな」
 ぶっちゃけた話、二秒後に心臓発作で倒れることもありうるのだ。……倒れなかった、よかった。
「先のことはわからない。制限時間も不明。ならさ、今できることをやるしかないよ」
「月並みな励ましだな」
「ユキナリくんにはそれで十分じゃない? 月並みな悩みなんだから」
「……」
 皮肉を言ったのにあっさり切り返された。苦手だこいつは。
「偉そうなことを言うけど、お前はどうなんだよ。お前はできることをしてるのか?」
「まあそれなりに。カレー作ったり囮になったりお節介を焼いたり、色々してるよ」
「なんだそりゃ」
 謎の言い回しに眉をひそめるが、とにかく。
 雪成にできるのは想いを口にすることだけだ。それを相手に伝えることだけだ。
 あとは向こうがどう受け止めるか。
 それさえ、昼のやり取りである程度察しているのだ。あのとき幼馴染みの言葉を雪成が遮らなかったら、あるいは望む答えが聞けたかもしれない。
 一つだけ気掛かりがあるとするなら、それは例の告白の件で。
「後手後手に回ってる時点でヘタレ確定かもな……」
「ん? そりゃ君のせいだよ」
「わかってる。十年以上も時間もらっといて何もしなかった俺が悪い。だから……待つよ」
 校門の前で、雪成は歩みを停めた。
 おもしろそうに依子が見つめる。
「十年以上も幼馴染みやってきたの?」
「ああ」
「ずっと好きだった?」
「……まあな」
「もし、亜季ちゃんが先輩の告白を受け入れたらどうするの?」
「どうもしない。それが亜季の選択なら諦める。十年間の積み重ねが足りなかっただけだ。それは俺の責任なんだから」
「潔いね」
「どこがだよ。頭の中はもう諦め悪い考えでいっぱいだぞ。後悔ばかりだ」
「まあ大丈夫だと思うけどね。亜季ちゃんの気持ちを君が知らなさすぎなんだよ」
 わかった風な口を聞く依子を雪成は軽く睨んだ。
「……あいつは、人の好意を拒絶できるやつじゃないんだ」
「知ってる。でもちゃんと、相手のことを思って答えの出せる強い子であることも知ってる」
「……」
 幼馴染みの自分より依子の方が亜季をわかっているみたいで、少しおもしろくない。しかしそうかもしれないと雪成は思った。
 いずれにせよ、待つことしか雪成にはできないが。
「じゃあ頑張ってね。私は先に帰るよ」
「ああ。ありがとな」
 依子は驚いたように目を見開いた。
「……ユキナリくん、人にお礼を言える人だったんだね」
「どういう意味だそれは!?」
「いやいや、素直な子は好きですよ?」
「さっさと帰れ」
 依子はぺろりと舌を出すと、その場でターンをして背を向けた。綺麗に結ったポニーテールが飛行機の旋回のように踊った。
「明日結果教えてね」
「誰が言うか」
「じゃあ亜季ちゃんに訊くよ。んで、明日君をからかうのだ」
「地獄に落ちろ」
 明るい笑い声を残して依子は去っていく。
 雪成は無言でその後ろ姿を眺めていた。

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