◇ ◇ ◇
一時間後。
ぼくらは青川家のお風呂場にいた。
お湯の張った浴槽の中で、ぼくらは一緒になって体を沈める。
「温かいね」
「……」
ぼくは彼女の体を後ろから抱えるような姿勢だ。しっとりと濡れた黒髪が目の前で輝いている。
ちょっと狭いけど、こうして一緒にいるだけでぼくは嬉しかった。
文花もどこか嬉しげで、その顔に小さく微笑を湛えている。
ちょっと意地悪をしてみる。
「ねえ。……ここでしたい、って言ったらどうする?」
「!?」
文花が驚いたように振り向いた。お湯がその勢いに押されて浴槽から溢れた。
「イヤ?」
「…………」
のぼせたように真っ赤になる。倒れてしまうんじゃないかと心配になるくらい、彼女は赤面した。
かわいいな、本当に。ずっとこうして一緒にいたい。
「文花。まだ怖い?」
「……」
彼女は答えない。
不安を取り除くことができたのだろうか。ぼくは後ろから文花を抱き締める。
そのとき、文花が言った。
「……まだちょっとだけ、怖いかも」
「……あー、えっと……」
そんなことを言われたら、どうすればいいのだろう。
「……まだぼくのこと信用できない?」
文花は首を振る。
「そうじゃなくて……耕介くんのこと、もっともっと好きになっちゃいそうで……気持ちを抑えられないのが、怖いの」
「…………」
熱っぽく語る彼女らしからぬ様子に、ぼくはぞくりとした。
怖いんじゃない。嬉しいんだ。
ぞくぞくと興奮する程に嬉しいんだ。
「そんなこと言われたらもっと好きになっちゃうよ?」
「……じゃあもっと言う」
文花は体の向きを変えて、こちらに相対した。
「好き……大好き。耕介くんが、大好き」
タガが外れっぱなしなのか、文花は何度も言葉を重ねた。
嬉しすぎて困る。これに応えるにはどうすればいいのだろう。
ぼくにできることなんて一つくらいしかなかった。
「……じゃあもっと好きになってもらえるように、ずっと一緒にいるよ」
「――」
「そうしたら文花はぼくのこともっと好きになってくれるだろうし、ぼくももっと文花のこと好きになれる」
「……」
「それでどうかな?」
なんかずいぶん恥ずかしいセリフだけど、これくらいが彼女にはちょうどいいと思う。
「…………」
うつ向く文花。
湯けむりの中で、やがて彼女は微かに頷いた。
顔を上げたときにはもうその目に不安はなく、文花は花のように綺麗な笑顔を咲かせていた。
そんな彼女に向かって、ぼくは改めて小さく言葉を贈った。
これからもよろしく――