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続・手をつないで・5


◇      ◇      ◇

 次の日、私は熱を出してしまいました。
 病院に行く? とお母さんに訊かれ、首を振りました。去年入院したこともあってか、病院はあまり好きではないのです。いりすちゃんも苦手だそうですし。まあ好きな人がいるとは思えませんが。
 とりあえず学校はお休みすることにしました。白草くんからも、メールで「無理しないで」と言われました。
 ベッドで横になっていると、いりすちゃんがささやいてきました。
『かなえ。休んでいるところ悪いんだけど、あいつに学校が終わったらここに寄るようにメールしてくれる?』
 熱っぽいせいか、私の意識はぼんやりとしていました。ゆったりと体を起こして、聞き返します。
「……メール、するの?」
『うん。伝えたいことがあるの。できれば直接』
 私は言われたとおりにメールを送りました。短く「うちにきて」とだけ打って、再び倒れ込みます。
『きつい?』
「うん……ちょっとだけ」
『私が物に触れられたらいいんだけど、ごめんね』
「ううん」
 それはいくらなんでも無茶な話です。いりすちゃんを安心させようと、私は微笑んでみせました。しかし、どうにも力が入らなくて、ぎこちなく映ったようです。いりすちゃんはただうなずいただけでした。
『おやすみなさい、かなえ』
 そっと頭を撫でられたような気がしました。
 感触はなくても、いりすちゃんの優しさは伝わりました。小さな手から届く想いはとても温かく、安心できるものでした。

◇      ◇      ◇

 少し昔のことを思い出していました。
 私は昔から人付き合いが苦手でした。
 高校に上がってからはだいぶ改善されましたが、中学までは、クラスメイトとろくに話もしない人間でした。人よりずっと内向的――はっきり言って暗い人間で、いじめに遭わなかったのが不思議なくらいです。きっと、いじめの対象にもならないくらいどうでもいい存在だったのでしょう。
 なぜそうだったのかはわかりません。ただ、口下手で、自分のことを伝えるのが苦手でした。だからきっと、最初から友達を作ることをあきらめていたのかもしれません。
 今思うと、ひどくもったいないことです。
 そのときにしか作れない関係が、きっとあったはずです。その機会を自分から手放していたのだとしたら、とても残念な気持ちになります。
 それが変わったのはいつのことだったでしょう。
 はっきりしています。それは、私が入院をしたときです。
 去年交通事故に遭って、私は脚を怪我しました。肋骨にもひびが入っていて、しばらく入院することになってしまったのです。
 当初は頭を強く打って意識不明だったそうなので、ひょっとしたら危なかったのかもしれません。
 ギプスで固められて不自由な左脚を眺めながら、私はそのときに思いました。もっと毎日を大切に生きていかなければならないと。
 こうして痛みを感じることができるのも、私が生きているからです。そして不自由を感じているのも、私が自由に動けていたからです。
 それを当たり前に考えて、その当たり前を大事にしてこなかったのは、まぎれもなく私でした。
 ましてや、最初からあきらめるなんて。
 そのときから、もっと私なりにがんばろうと決意したのです。
 退院してもすぐに卒業を迎えてしまったので、中学のときは結局友達はできませんでしたが、高校に上がって莉夢ちゃんと友達になりました。ほかにも何人かと親しくなって、そして白草くんと、それからいりすちゃんと仲良くなりました。
 手を伸ばせば、すぐにいろんな人たちとつながることができたのです。
 そういう意味であの事故は、私にとって転機でした。
 あのときの痛みは、なかなか忘れられないものですが、それも私にとっては必要な出来事だったのでしょう。
 入院は、もうこりごりですけど。

◇      ◇      ◇

 ふと、目が覚めました。
 部屋は暗く、何も見えません。私は体を起こして、枕元のライトをつけました。白い明かりがまぶしく、反射的に目を細めます。次第に慣れてきたところで壁の時計を確認しました。2時半でした。窓の外が真っ暗なので、どうやら深夜のようです。
 1日中眠っていたのでしょうか。途中で目覚めた記憶はありません。
 体のだるさは抜けていません。熱っぽさはいまだに体の内にあり、晴れそうな兆しもありません。
 それだけ眠ってもなお、体の疲れは取れていません。
 私の体は、いったいどうなってしまったのでしょうか。
「……?」
 そのとき、妙な気配を感じました。
 部屋の外、ドアのすぐ向こう側に、何かがいるような。
「……いりすちゃん?」
 私は友達の名前を呼びました。この部屋にはいないので、ひょっとしたら彼女かもしれないと思ったのです。
 かすれた声は空間をろくに震わせることができませんでした。ましてやドア越しでは、相手に届くはずもありません。
 ――ドアの向こうの気配が動きました。
 私は驚きました。こちらの呼びかけが届いたのでしょうか。それとも、それとは何も関係なく、向こうが勝手に動きを見せただけなのでしょうか。
 もはやいりすちゃんでないのは明らかです。彼女なら、こんなまどろっこしいことなどせずに、さっさと入ってくるはずです。
「……誰なの?」
 返答はありません。
 しばらくすると、もうドアの向こうから気配はなくなっていました。
 それと同時に、強い疲労感が襲ってきました。たまらず私はベッドに倒れ込みます。
 不思議な感触が、私の中に残っていました。
 私はその感覚を反芻します。
「変なの……」
 今の私はいろいろおかしいです。いろいろ、変です。
 まず、どうして私は“気配を感じ取る”などということができたのでしょうか。
 普段の私の感覚は鈍く、霊感も強くありません。なのに私にははっきりと相手の気配を感じ取ることができました。私の感覚が鋭くなったというより、その相手との相性がいいように感じました。
 そして、怖くありませんでした。普通なら不審な気配には恐れが生じるものだと思います。しかし、そういうものはまったくといっていいほど感じませんでした。
 あの気配を感じ取ったときの私は、こうして振り返ってみても変だと思います。
 どうして私は、
「……うう」
 長くは考えられませんでした。
 熱が引きません。全身が気だるく、頭にのしかかってくるような重さが、思考を妨げます。
 そういえば、あの気配を感じ取っていたときは、体も軽くなっていたような……。
 そこで私は考えるのをやめて、再び目をつむりました。

 ところで、いりすちゃんはどこへ行ったのでしょう?

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