私は道を急いでいます。
行き先は駅前。自宅から歩いて大体20分くらいのところにあるのですが、走れば15分か、あるいは10分くらいで着けるかもしれません。特に入り組んでもいない平坦な道が続いています。
息せき切って馴染みの歩道を駆け抜けながら、私は携帯の背面ディスプレイに目をやり、時刻を確認しました。午前10時10分。約束の時刻は過ぎていますが、一応遅れるかもしれないと連絡は入れているので、これくらいならなんとかなるでしょう。とにかく急ぎます。
空は快晴です。梅雨入り前とは思えない、雲ひとつ無い良い天気ですが、日の光が強いせいか、水色をさらに薄めたような白っぽい青空が広がっています。空気も暖かく、ちょっと暑いくらいです。日曜日には似合いの天気です。絶好のデート日和と言えるでしょう。
そう、デートです。
クラスメイトの男の子と、映画に行く約束をしているのです。
相手は白草裕太くん。『しろくさ』という珍しい苗字の彼は、同じ高校のクラスメイトです。1ヶ月前に学年が上がって、新しいクラスで一緒になりました。白草くんは席が隣同士で、向こうから気軽に話し掛けてくるので、いつのまにか仲良くなっていました。
いえ、仲がいいといっても、『私にしては』という前置きがあります。
私はあまり男子とは話しません。怖いわけではないのですが、ちょっと気後れしてしまいます。ですから私にとって白草くんは、クラスの男子でほとんど唯一といっていい友達なのです。向こうから話し掛けてきてくれないと、会話すら成り立たない間柄を友達といっていいのなら、ですが。
白草くんは優しい人です。単に親切というだけじゃなく、こちらの思っていることを的確に察してくれるさりげない気配りがあって、話下手な私も、彼が相手だと不思議と会話がはずみます。
だからでしょうか。彼だけは他の男子に対するものとは、少し違う目で見てしまうのです。不思議と心奪われるといいますか。なんとも言えないのですけど。
その彼に、映画に誘われました。
最初はちょっと戸惑いました。私にとってはともかく、彼からすれば私は特に親しい相手ではないと思います。私を誘う理由がわかりません。
彼は笑って言いました。
「飯島さん、前に映画が好きって言ってたから。やっぱりそういうのが好きな人じゃないと、一緒に行く意味ないじゃない」
確かに私は映画好きです。特にひとつのジャンルが好きというわけではなく、いろいろ観ます。でも映画館に行くことはまれで、普段は近くのレンタルショップで、休みの日にDVDを借りる程度でしかありません。ですからその誘いは素直に嬉しいものでした。
白草くんからの誘いじゃなかったら、おそらく私は気後れして断っていたでしょう。しかし考えてみれば、白草くん以外の男子に誘われることなんてありえないでしょうし、そこは複雑なところです。今日だって、彼の言葉を額面通りに受け取るなら、私が映画好きだということをたまたま彼が知っていたから誘われただけです。
当日になっても、戸惑いは消えません。さらに身だしなみをいろいろチェックしていたら、すっかり遅くなってしまいました。
いろいろ思うところはありますが、今は急がなくてはなりません。
私は懸命に待ち合わせ場所に向かって走りました。