◇ ◇ ◇
荷物は多くありません。夏場で、着替えがかさばらないのが大きいとは思いますが、物を増やすと迷惑になりそうですし、極力控えめにしようと思います。
彼の家にお泊りすることになりました。
ドキドキします。緊張で、手に汗が浮き出てしまいます。
いろいろと考えてしまうのは、仕方ないことでしょうか。
さっきまで、彼の腕の中にいたことを思い出します。
羞恥や緊張に体が固まりながらも、同時にすごくほっとしました。
私は、彼に抱きしめられることができます。
正面から、彼の鼓動を感じることができます。
それが私にとって、どれほどすばらしく幸運なことか。
人の温もりを受け取ることができるというのは、幸せなことです。
誰かの行為を、恐れず受け取れる。それがいかに大切かを、私はこの一年で知りました。
彼との出会いによって。
でもそれは私から見た場合の話です。
彼にとってはどうでしょうか。
私は受け取るばかりになってませんでしょうか。私は彼に、きちんと何かをあげることができているでしょうか。
彼は私から、何かを受け取ることができているでしょうか。
私にはわかりません。でも、彼は私を抱きしめてくれました。
彼の欲がはっきりと伝わってきました。
それを怖いとは思いません。逆に嬉しく感じます。
求められて嬉しいのです、私は。
彼が求めるのなら、喜んで応えたい。
遠慮なんかしてほしくないのです。
「……よし」
戸締りを確認すると、私はバッグを持って外へと出ました。時刻は三時半。昼と夕方の隙間のような時間帯です。夏の日差しは相変わらず強く、熱気は夜まで続くでしょう。軽くシャワーも浴びたのですけど、すぐに汗が流れます。
この熱さから逃れるためにも、早く彼の家に戻りたいと思いました。
彼の家を再び訪れると、迎えてくれた彼はどこか安堵したように微笑みました。
「どうしたんですか?」
「いや……戻ってきてくれるか不安だったから」
思わず眉根を寄せました。
「ひょっとして、私信用されてません?」
「え!? いや、そんなことはないけど」
「さっきの言葉、本気ですからね」
嫌いになれないくらいあなたが好き。
改めて彼の部屋へと入ると、エアコンの涼しげな風が歓迎してくれました。荷物を置いて、私はベッドに腰掛けました。
……ちょっと無用心でしょうか。
彼の目が少し熱っぽく、私の体を見つめています。
「あの、ちょっと恥ずかしいです……」
「え? あ、ご、ごめん」
「いえ、その、見られること自体は、少し嬉しい気持ちもあったりするんですけど」
目力が強いと、さすがに意識してしまって。
視線には物理法則を超えた、何かしらの力があるんじゃないかと思います。
「……」
「……」
沈黙。
彼の微かな息遣いが聞き取れます。
私の息遣いも聞こえているのでしょうか?
目の前がぐるぐる回るような、奇妙な感覚に襲われました。五感を手放し、意識が浮遊するような、そんなめまいにも近い感覚が私を覆います。本を長く読んでいるときに、たまに文字が大きく見えたり小さく見えたり、浮ついた感覚になることがありますが、あれに近いです。
隣に彼が腰掛けました。
私は少しだけ身じろぎ、居住まいを正しました。
本気です。だけど、
「……緊張するね、なんか」
彼が口を開きました。
私は頷きます。緊張は、さっき家で準備をしていたときからずっと続いています。
「あの……どうしますか?」
「あ、え?」
私が訊ねると、彼は少し焦ったような声を出しました。
「い、いや、どうって」
「え、と、その……」
今、私は何を言ったのでしょう。何かとんちんかんなことを言ってしまったような。
こういうとき、本や映画ではどのように事が展開したでしょうか。
頭がうまく働きません。
「……ごはんにするにはちょっと早いよね」
壁掛け時計が規則正しい音を立てています。四時半です。
時間はあります。
テレビを観たり、お菓子を食べたり、そんな選択肢ももちろんあります。
だけど。
「……手を握ってもらえますか?」
「……うん」
一回り大きな手が、私の右手を包み込みました。
温かいその感触に、私は安心します。
目を閉じて、彼と過ごした日々をゆっくりと思い出します。
窓の向こうから笑いかけてくれて、止まっていた私の時間を動かしてくれたあのときから、私はずっと彼のことが好きでした。
こうして隣にいられることがどれほど幸せなことか、わかるでしょうか。
「好き」なんて、もうそんな言葉だけで収まるものではありません。
愛しています。
誰よりも愛しく思っています。
愛情はよく海の深さにたとえられますが、底が見えないほどの想いがあることを、私は知りませんでした。
こうして手をつなぐだけで、身を焦がすほどに熱が高まっていきます。
私の想いは届いているでしょうか。
彼が体をこちらに向けました。
空いてる右手を私の左肩に伸ばして、そのまま抱きしめてきました。
それに応えるように、私も抱きしめ返しました。つないでいた手を離し、お互いを拘束するように背中に腕を回し合って、体をくっつけました。
彼は一見細身ですが、こうして密着すると意外とがっしりしていて、やっぱり男の子なんだと強く意識してしまいます。
不安はあります。しかしそれは小さなもので、心地良さの方がはるかに勝りました。
見つめ合い、ゆっくり顔を近づけます。
三度目の口付けを交わしました。
長いキスでした。前二回とは違い、相手を強く求めるような、そんな情熱がありました。
密着が強まり、キスも激しいものになりました。
「んっ」
思わず声が洩れたのは、呼吸がうまくできなかったからです。唇を離して、彼の肩に頭を預けるように顎を乗せました。
「……激しいですね」
「ごめん」
「私は構いませんけど……」
逡巡を見せると、彼は腕の力を緩めました。
「どうしたの?」
「……いえ、その」
「……なに?」
「……これ以上続けると、止まらなくなりそうで、少し怖いです」
彼は私の後頭部に手を添えて、優しく撫でました。
「ぼくも同じ」
「そうなんですか?」
「……いや、正確にはちょっと違うかな」
言うが早いか、再び唇を奪われました。
私はひどく驚いて、しかし咄嗟には反応できなくて、されるがままになってしまいます。
そのまま体を傾けて、押し倒されました。
重みはあまり感じませんでした。体重をかけないように気を遣ってくれているのがわかって、私は体から力を抜きます。
顔を離して、彼がどこか熱っぽい視線を向けてきました。
「怖いっていうか、なんかもう怖いものなくなりそうっていうか」
「なんですか、それ」
「あー、もうやばい。止まんない」
冗談めかした口調で、そんなことを言います。
「あの、遠慮しないでください」
「うん」
「本当に、したいことしていいんですよ」
「うん。でも、それだと不公平な気もする」
「不公平、ですか?」
「君も、したいことしていいんだよ」
思ってもみないことを言われました。
「ぼくばかりだとフェアじゃないし。したいことはないの?」
「……そ、それは」
すぐには答えられません。
私から何かするというのは、考えていませんでした。ずっと彼に応えてあげたいとばかり思っていましたから。
でも確かに、そうしてもいいはずです。
「こうして抱き合っているだけで私は満足ですけど……」
「けど?」
「……………………肌には、さ、触ってみたい、です」
それだけを言うのに、三十秒はかかったでしょうか。
言い切ると、私の顔は燃えるように熱くなりました。真っ赤になっていくのがわかります。
こんなことを言うようになるなんて。
彼は口元を緩めてなんだかおかしそうにしています。
あなたのせいです、まったく。
「や、やっぱり今の無しでお願いします!」
「肌だけ?」
「なっ」
何を言ってるんでしょうかこの人は。
私の髪を手櫛で梳きながら、彼は微笑みます。
「今からぼく、結構暴走するかもしれないから」
「そういうこと、こんなときに言わないでください」
「一方通行は嫌なんだ。ぼくも、君に応えたい」
「言葉だけだとすごく真面目に聞こえますよね」
ああ、この人のせいでツッコミ癖がついてしまったかもしれません。
彼がくっ、と喉を鳴らして笑いました。
私は呆れましたが、つられて笑ってしまいます。
不安が少し薄れたような気がしました。
「あなたは本当に……」
「ごめん、そろそろ限界」
私の言葉を唇で塞ぎ、彼は動き始めました。
爪を切りそろえた綺麗な手が、私の胸に伸びました。
服の上からそっと、押し上げられるように触られます。
嫌悪はありません。恥ずかしさと軽い高揚に、ちょっとまばたきが多くなります。
「すっごいやわらかい」
「えっと、そんなに大きくありませんけど、その……どうですか?」
「夢みたい」
ずいぶん大げさなことを言われました。
「女の子のおっぱいって、どうしてこんなに触りたくなるんだろう」
「真面目な口調で何言ってるんですか」
「いや、逆に男の胸って触りたくなる?」
「……」
私は彼の胸に無造作に触れました。
彼は驚いたように体をびくりと強張らせましたが、私は離しません。
ぺたぺたと。壁に絵の具を塗り込めるように触ります。
「あなたの胸、こんなに硬いんですね」
「な、なんか恥ずかしいな……」
「ふふ、こういうのいいですね」
彼は気まずそうに顔を逸らしました。
男の人の胸は、女の子のそれとは違って、厚く硬いものでした。一見細身の彼でもそうなのですから、女と男ではやっぱり質や構造が違うのでしょう。
でも、こうして彼の胸に触れていると、なんだかドキドキします。
この人が特別だからそう感じるのでしょうか。
「ひゃっ」
不意に彼の手に力がこもりました。
胸を強く揉まれたことにびっくりして声を上げると、彼の手がますます動きを滑らかにしていきます。
「な、なんですか急に」
「ちょっと悔しくて」
「何が」
「やられっぱなしはイヤなんだ」
宣言どおり、彼の手が逆襲に転じます。
強くといっても力任せではなく、感触を楽しむように根元から先のほうまで全体的に指を這わせていくやり方で、まるで蛇のようなしつこさがあります。
一言でいうなら、いやらしいです。
でも、そうして正面から繰り返し揉まれていると、羞恥を超えてどこか陶酔するような、奇妙な感覚に襲われました。
ドキドキが止まらなくて、でもそれがあまり苦しくないような。
「あ、あの、胸ばかり……」
ずっと胸だけ触っていて、彼は飽きないのでしょうか。
「飽きはしないけど、そろそろ他の場所も触りたいかな」
「あ、う」
他の場所と言われて、私は目が回りそうになりました。
いえ、もちろんそういうことをしているのですから、いろんな場所を触るのは当たり前なんですけど、でもその言葉が、私の頭を沸き立たせます。
まだ服も脱いでいないのに。
「スカートめくっていい?」
うまく返事ができません。
めくるだけでは済まないのがわかっているから、うなずくこともままなりません。間近にある彼の顔をまともに見ることができず、うつむいてしまいます。
一分くらい逡巡して、ようやく私は答えました。
「ど、どう、ぞ」
辛抱強く待っていた彼が、少しだけ微笑んでうなずき返しました。
したいことをしていいと言ったにもかかわらず、私はこんな体たらくです。それでも彼は特に呆れもせず、私に合わせてくれます。
きちんと応えたいと、強く思いました。
家に戻った時に着替えてきた薄い水色のワンピース越しに、彼の体の感触に馴染むように、ぎゅっとしがみつきました。
彼の左手が腰に回ります。そして、右手がスカートに。
裾の下から、大きな手が内側に滑り込んできました。
指先が内腿に触れます。
普段ならまず人に触られることのない場所です。慣れないくすぐったさに私は身をよじりました。
「ふ……」
緊張から、堅い吐息が洩れます。
彼は動きを止めることなく、指を大胆に這わせます。
決して乱暴にはせず、かといって遠慮も少なく、私の脚を撫で回してきます。
左手が腰から背中に移り、密着するように抱き寄せられました。
近づいた顔がさらに迫り、またキスをされました。
それで、私は少しだけリラックスできました。彼のキスは優しく、落ち着きます。さっきまではキスだけでもあんなにあがっていたのに、何度か回数を重ねたためでしょうか、不思議と安心できました。
目をつむり、その安心感に身を委ねます。
唇だけ触れていたかと思うと、不意に舌を入れられました。戸惑いながらも、私も舌を伸ばします。
ひどくいやらしいことをしている。そんな自覚がないわけではありませんが、しかし痺れるような感覚に、羞恥心が呑み込まれてしまいます。
彼の右手が私の大事なところに触れました。
ショーツの上から指で掬うようになぞられます。
「だ、だめです、そんなところ、」
唇を離して訴えると、彼は私の首元に噛み付くようにキスをしました。なんだかそれが妙にいやらしくて、私は身じろぎました。
「ふ……あ……」
掠れ声が、喉の奥から絞られるように洩れ出ました。
「したいこと、するから」
囁き声に、反論できません。確かにそう言ったのは私ですけど、でも実際にやられると、どうしても体が反応してしまいます。
「できればお手柔らかに……ん」
キスで言葉を封じられました。
下の方をショーツの上からしつこく弄られて、私は酩酊感に襲われました。自分で触ったことは、恥ずかしながらありますけど、それでもこんな風にふわふわと浮き立つような感覚に陥ったことはありませんでした。
血流が激しくなり、心臓がばくばくと音を立てます。きっと今の私は、一時的に高血圧になっているでしょう。
はっきりと快感を覚えました。
愛撫するその手つきは優しくて、私はもう抵抗しません。
彼はそんな私に、まるで幼子を褒めるように、頬に柔らかく口付けをしました。
ショーツをずらされ、直に秘所をなぶられます。
恥ずかしくてまともに見ることはできませんが、きっとその部分はすっかり濡れすぼっていると思います。透明な液が彼の指に絡む光景を想像して、咄嗟にそれを打ち消しました。
そんな余計な思考が、次の瞬間には強烈な刺激に吹き飛ばされました。
彼の指が私の中に侵入してきて、内側をひっかくようにこすり上げたのです。
「ああっ!」
私の口が短い嬌声を上げました。
自分でもびっくりするほどの甲高い声に、彼も驚いて指を止めます。しかしすぐにまた動かし始めました。押し開くように奥まで入ろうとしてくる指の感触を、私はただただ受け入れることしかできません。
声を抑えようとしてもうまくいかず、敏感な部分をこすられるたびに、喉が震えます。
「へ、変です、いま、わたし」
「変じゃない」
「で、も」
「かわいい」
そんなことを言われても。
彼の体にしがみついて、びりびりと麻痺するような刺激に懸命に耐えました。
しばらくして、体中から波が引いていきました。
高まった熱を放出するように、口から熱い吐息がこぼれます。彼の指が私の中から抜かれて、しかし高ぶった気持ちはすぐには下がりそうにありません。
ぼんやりとする意識の中で、視界に彼の顔を捉えました。
額に汗が浮いているのを見て、私はおかしくなりました。
そんなにも彼が夢中になってくれたことが、なんだかくすぐったいような、でもどこか嬉しいような。
求められることは、やはり嬉しいのです。
もちろん誰でもというわけではありません。
あなただから。
私が本当に愛しているあなただから。
あなたのものになりたい。
「服……脱ぎますね」
そっと囁くと、彼はぎこちなく頷きました。