ぼくの家の裏手には小さな山がある。
その山の頂上付近には神社があって、古いながらも催事にはよく使われることもあって、町の人たちには馴染みの場所だ。
最近は訪れていないけど、子供の頃にはよく友達と缶蹴りなんかをして遊んでいた。
境内は意外と隠れる場所が多く、と言って広すぎることもないので、缶蹴りや鬼ごっこなどの遊びには最適だったのだ。
小学生の時にはジュースやお菓子を賭けたりもした。
だんだん家でゲームをする方に傾いていったけど、それでもたまにやったりすると、やたら夢中になって盛り上がった。
今思い出しても本当に楽しかった、昔の思い出だ。
学校からの帰り道にその話を聞かせると、彼女はどこかうらやましそうな目でぼくを見た。
「行ってみたいです」
山の上にあるから大変だよと言うと、それでもいいと答える。
今からだと遅くなる。週末に行こうと約束すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
彼女と再会して三ヶ月が経った。
友達から恋人になって、少し不思議だけど同じ学校の先輩後輩の関係にもなって、ぼくたちはまた隣り合っている。
彼女は変わった。劇的な変化をしたわけじゃないけど、以前と比べると明らかに変わった。
前はいつも何かに怯えている風だった。でも今は、控え目ながらはっきりものを言うようになったし、友達もできた。
それは彼女の努力の結果だ。
彼女のかつての苦しみや恐れを完璧に理解することは、ぼくにはできない。だから彼女がどれだけの努力を重ねなければならなかったかも、正確にはわからない。
それでも彼女が一生懸命頑張ったことはわかる。
その理由がぼくというのは、嬉しくもこそばゆい気持ちなのだけど。
ぼくはその気持ちに真摯に応えようと思う。
理由は簡単。
ぼくだって、彼女のことが大好きなのだから。
久々に訪れた神社は少しだけ変化していた。
鳥居が新しくなっていた。ところどころ剥げ落ちていた前のものとは比べようもなく綺麗で、朱色が鮮やかに映る。
境内に入ると正面に社が見えた。こちらは特に変わらず、昔の姿を見せてくれる。
「ここが、昔の遊び場ですか?」
彼女が珍しげに首を巡らす。
「結構広いでしょ」
「確かに鬼ごっこにはもってこいかもしれません……」
感嘆の息が彼女の口から漏れた。客観的に見たらそんなに面白い場所じゃないと思うんだけどね。
拝殿に向かって参道をまっすぐ歩いていく。足裏に受ける石畳の感触が懐かしい。
「鬼ごっこ、かくれんぼ、缶蹴り、氷オニ。ああ、陣取りゲームもしたかな? サッカーとか野球みたいなボールを使う遊びはできなかったけどね」
「? なぜですか?」
「一度、奥の物置小屋の壁をボールぶつけて壊しちゃったから」
「……」
裏手の方にあった小屋は薄い板で囲っただけの実に貧相な小屋だった。嵐が来たら吹き飛ぶんじゃないかといつも思っていたけど、それより先に軟式ボールの餌食になった。元々部分部分で腐っていたから、ぼくらのせいと言い切れない気もするけど。
「まあさすがに二人じゃ何も出来ないかな。お参りだけしていこうか」
賽銭箱の前に立って適当に小銭を放り込む。鈴の緒を振ってガランガランと鳴る鈴の音を聴いた後、二礼二拍手一礼。ぼくが先にやって、彼女が後に続いた。
「何か願いごとした?」
「はい。あなたは?」
「ぼくもしたよ。で、何を願ったの?」
「何だと思います?」
心の中の願いごとなんて当たり前だけどわからない。ぼくは当てずっぽうに答えた。
「夏休みを楽しく過ごせますように、とか」
「ああ、それはいい願いごとですね」
いやいや、楽しく過ごせますようになんて、適当な願いごとの代表格だ。
神様は多分、そんな曖昧な願いごとをいちいち相手にはしないだろう。何をどう過ごせば楽しくなるのか、それは人それぞれなわけで、楽しく過ごせるかどうかは本人次第だ。
ああ、でも彼女の願いごとなら叶えてあげたいかな。
「違ったか。で、正解は?」
彼女はにっこり微笑んだ。
「秘密です」
「もったいぶるなあ」
「いえ、こういうのは、人に教えると叶わないのではなかったですか?」
「そうだっけ」
ちなみにぼくの願いごとは『彼女との仲が進展しますように』だ。
一応ぼくたちは付き合っているんだけど、健全すぎるくらい健全な付き合いにとどまっている。
それはそれでいいんだけど、ぼくだって男なわけで。
もっと深く繋がり合いたいと思うのも仕方ないわけで。
手を繋ぐのさえ彼女はためらう。恐れたり嫌がっているわけじゃなく、単に恥ずかしいだけみたいだけど。
「来週、ここでお祭りやるんだ」
「え?」
彼女が顔を上げた。
「お祭り。いや、縁日かな。出店もいっぱい並ぶ」
彼女は小さく頭を傾けた。
「お祭りは、夏休みの終わり頃ではなかったですか?」
ああ、それもある。
「それは駅裏でやるやつだね。商店街の方でやるから街中だ」
「二つもあるのですか?」
「隣町のも含めれば四つかな」
彼女は感心したように溜め息をついた。
「お祭りなんて子供のとき以来です」
「来週はもう夏休みに入ってるから、ゆっくり楽しめるよ」
すると彼女は急にふふ、と笑った。
「なに?」
「いいえ。何でもありません」
「そうは見えないけど」
「秘密です」
またか。ちょっとずるい。
「来週、楽しみにしててくださいね」
「? 何を?」
彼女は答えず、にこにこ笑っている。
何のことかまるでわからず、ぼくは小さく肩をすくめた。