純一が言うには、去年のイブの夜にサンタに会ったらしい。
そのサンタは小さな女の子で、しかも学校の後輩だったという。
ソリもトナカイも持たないサンタは、屋根から屋根へと跳び移って民家を回っていたそうだ。
眉唾ものだと思ったが、純一が嘘をつくとも思えない。
そのことを冴恵(さえ)に話すと、彼女は思い出したように言った。
「それって、クリスちゃんですよ」
ひょんなことから風見に仕えることになったエプロン精霊は、懐かしそうに目を細めた。
「……クリスちゃん?」
クリスチャンでもクリス・チャン・リーでもなさそうなので訊いてみる。
「はい、『クリスマス』って名前の精霊だったと思います。昔、前のご主人様にお仕えしていたときに会ったことがあります」
「……精霊?」
「私がエプロンについてるのと同じで、確かその子はサンタ服についているんですよ。で、クリスマスになるといろんな人たちにケーキを配るんです」
「……」
「無口な子でした。けど、とてもいい子でしたよ。ケーキ美味しかったですし」
「……じゃあ、その女の子も?」
「心当たりがそれしかないのではっきりとは言えませんけど、おそらく」
「……」
風見は頭をかいた。まさかこのエプロンメイドと似たような存在が他にもいたとは。
とはいえ、それを純一にそのまま伝えるかどうかは悩みどころである。いくらなんでも信じてはもらえないだろう。
「……」
風見はキッチンに立つ冴恵の姿を見やる。エプロン精霊は鼻唄と共に、皿洗いにいそしんでいる。
その姿はどこからどう見ても、幼馴染みの甘利紗枝のものだった。
今でも時折疑って見てしまう。これは紗枝の演技なのではないかと。
エプロンを介して紗枝の体に乗り移っているのだと冴恵は言う。だが『冴恵』などという人格は最初から存在せず、甘利紗枝は甘利紗枝でしかないのではないか。そんな疑念はいつまでも晴れない。
「……」
風見はソファーに寝転がり、ゆっくりと目を閉じた。
エプロンメイドもコスプレサンタも別に誰かに迷惑をかけているわけじゃない。演技かどうかもひょっとしたら些細なことなのかもしれない。
世の中にちょっとだけ混じる不思議な味。
(ま、害はないしね)
そんなスパイスがあっても構わないだろう。風見にとって、冴恵も日常の大切なピースの一つだから。
「風見さま? そんなところではなく、きちんとベッドでお休み下さい。イブの前に体調を崩されては、紗枝さんも残念がります」
風見は目を開けて体を起こした。覗き込んでくる冴恵を複雑な気持ちで見やる。その姿でそんな心配されても。
「……そうだね。きちんと部屋で寝るよ」
「歯磨きもお忘れなく」
小学生かと風見は苦笑した。
◇ ◇ ◇
クリスマスイブまであと十日。
その日の放課後、純一は由芽に会うために、下駄箱前で彼女が来るのを待っていた。
しばらくして、由芽が姿を現した。後ろには友達もいる。
「あ……」
由芽がこちらに気付いて、小さな声を漏らした。この少女は純一を見るといつもこんな申し訳なさそうな顔をする。
「ん? どしたの」
後ろの友達が由芽に尋ねる。こちらを一瞬胡散臭そうに見たのは気のせいだろうか。
「ううん……なんでもない。こんにちは、緑野先輩」
「ああ、後羽」
二人が挨拶を交わすと、その友達が怪訝な顔で由芽を凝視した。
「この人、由芽の何?」
「え? ……あの、地震のときに私を助けてくれて、その、」
「半年前の?」
「う、うん」
すると今度は純一の顔をじー、と見つめてくる。
「な、何?」
「……なるほど」
友達は合点がいったのか、うんうんと頷いた。
「由芽、あんた男の趣味悪くないと思うな。私の趣味とは違うけど」
「い、糸乃(いとの)」
声を上げる由芽に糸乃と呼ばれた友達はからからと笑った。
「んじゃ私、先帰るね」
「え、ちょ、」
「先輩と仲良く頑張れー」
友達は謎のエールを残してそのまま足早に去っていった。
「……もうっ」
困ったように頬を膨らませる由芽。その様子が純一には新鮮だった。
「楽しい友達だな」
「ご、ごめんなさい。糸乃が失礼なことばかり言って」
「いや、いいよ。それより、その、一緒に帰っていいか?」
由芽はそれを聞いて目をぱちくりとさせた。
「は、はい、もちろん」
知り合って半年。初めてのことに少々戸惑っているようだった。
由芽がスリッパから外靴に履き替えるのを待って、純一は彼女の隣に並ぶ。
「……」
純一は小柄な後輩を眺めやり、それから思案した。
彼女は去年『あんなこと』をしていたが、今年はどうなのだろう。
もし今年もサンタの真似事をするなら、イブに暇などないだろう。
イブの日にデートやなんかの約束を申し出ても断られるかもしれない。
「……」
不安が胸を覆う。
いや、駄目元で言ってみるのもアリだ。言うだけならタダだし、たとえ断られても由芽はその程度で壁を作る娘じゃない。……多分。
純一は意を決すると、校門を出たところで由芽に向き直った。
「あ、後羽」
「……え? ……あ、は、はい」
考え事をしていたのか、由芽はどこかぼんやりしていた。
純一は言った。
「イブの日、暇あるかな?」
「え?」
「その、時間あったら、俺に付き合ってほしいんだけど……」
「……」
由芽は目をしばたく。
「あ……どうかな」
「……イブは……ダメです」
「……やっぱダメ?」
急すぎたか、それとも今年も『する』のか。疑念が膨らむ。
「彼氏と約束とかあるのか?」
「そ、そんなのいませんっ」
大きな声で否定する由芽。我に返ったのか、途端に縮こまる。
「そんなの……いませんよ」
呟く様子はどこか寂しそうだ。
やっぱり言わない方がよかったか、と純一は少し後悔した。
「悪い。急に変なこと言ってごめんな」
「……ち、違います……先輩は別に……」
互いに言って、互いに黙り込む。
「……」
「……」
二人は黙りこくったまま歩く。
微妙な空気を作ってしまったことに、純一はいっそう後悔を深める。
元々おとなしい娘だからあまり会話がないのは仕方ないかもしれない。しかし今の気まずい空気は純一のせいなので、どうにも心苦しかった。
そのとき、由芽がぽつりと呟いた。
「クリスマスなら……」
「え?」
「イブじゃなくてクリスマスなら……空いてます、時間」
その申し出に、純一は一瞬呆けた。
「あの、先輩?」
「あ、いや、……空いてる?」
「はい、クリスマスなら」
「じゃあその日に」
よかった、と純一はほっとした。同時に内心でガッツポーズを決める。
「あの、これって……デートのお誘い……ですよね」
「あ、ああ、うん」
由芽はそれを聞くと顔を伏せた。まるで顔を見られたくないような素振りだった。
やがておもむろに顔を上げると、柔らかく微笑んで言った。
「楽しみに……待ってます」
純一はその笑顔に思わず固まりそうになり、反射的に顔をそらした。気恥ずかしさの熱に、髪の毛の先まで真っ赤になってしまいそうだった。
そこで考える。クリスマスなのだからプレゼントが必要だ。女の子に贈るプレゼントはどういうものがいいのか。
横でにこやかに微笑む彼女を見ていると、いいかげんには考えられなかった。