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想い一途に(相川留衣の場合)・2

「……はあ?」
「そういう力が先天的に備わっているんだ、俺には。なんでも、昔の先祖が仙人じみた力を持っていたらしく、代々受け継がれているんだそうだ」
 他人事のように言う親父の顔を、俺は茫然と見つめる。
 そこにはやっぱり嘘や冗談の色はなく、本気で言っているのがわかった。
 俺は困惑するしかない。
「無茶苦茶言われてるようにしか聞こえない」
「ああ、俺もそう思う」
「投げやりなこと言うなよ」
「許せ。それより、今のでわかったか?」
「……何が?」
 何について言っているのだろう。理解できたか、という意味なら半分もできてない。
「比奈ちゃんが近い将来病気になるかもしれない──そう言っただろう。つまりはそういうことだ」
「……」
 そういうこと?
 何を指して『そういうこと』と言っているのか。
『病気と言ったが、これはどちらかと言うと体質に近い。生まれつき皮膚の弱い人や内臓系が未熟な人のように──』
 さっき親父が言ったことを思い出す。
「……まさか」
 なぜ親父はおばさんのことを言ったのか。
 それはおばさんが比奈の母親だからだ。血の繋がった二人きりの親子。
 そして母親が先天的な体質を有しているのなら、それが子供に伝わっている可能性がある。
「……比奈も、『それ』だと言うのか? 命が不安定な、そういう病気だと?」
 親父は重々しく頷いた。
「はっきりとはわからんが、可能性はある。あの子は母親似だしな」
 頭が真っ白になった。
 信じられない話であることは変わらない。しかしさっきまでとは全然違う思いが俺の中を駆け巡っていた。
 信じるとか信じないとかそういう話ではない。比奈が危ないかもしれないのだ。どうにかしなくてはならない。
 しかしどうやって、
「親父ならなんとかできるのか? さっきの話が本当なら、比奈も助けられるのか?」
「ああ……」
「じゃあ助けてやってほしい。おばさんを助けたように、比奈も」
「待て。落ち着け」
 親父はお茶を一口飲むと、軽く息をついた。
「簡単なことではないんだ」
「何言ってんだ! 比奈の命がかかってるんだろ? ならなんとかしないと」
「聞け」
 親父はひどく低い声で言った。
「俺が比奈ちゃんにするのは控えた方がいい」
「どうして!」
「お前は俺に小学生の女の子を犯せと言うのか?」
 その言葉に、俺は固まった。
「…………な?」
 親父は肩をすくめる。
「命を安定させるには、性的接触が必要なんだ」
「……マジで?」
「ああ」
 俺は頭を抱えたくなった。
 比奈を助けるにはそれしか方法がないのか。
 そんなの嫌だ。
「安心しろ。それであの子を救えるとしても、俺にはできない。できるわけがないだろう」
「……じゃあどうすれば」
「お前がやるんだ」
 俺は口をぽかんと開けたまま放心してしまった。
 その間親父は微動だにせず、ただ俺の顔をじっと見つめていた。俺が言葉の意味を理解できるのを待っているようだった。
「俺……が?」
「他に誰がいる」
「い、いやいや、俺にそんな力ねえし!」
「試したことあるのか?」
「……」
 俺は口をつぐんだ。
「大丈夫だ。お前のじいさんも、ひいじいさんも同じような力を持っていた。お前にもきっとある。これは遺伝なんだ。日常生活の中でさして困ることもない、些細な能力だ」
「そんなこと急に言われても……」
 実感のない話に俺は戸惑う。
 生命のバランスを安定させるというのがどういうことなのか、理解しようとしてもうまくいかない。漫画やアニメでは『ヒーリング能力』というと、手かざしや呪文で発動するのでお手軽感があるが、性的接触となると童貞の俺には実感など湧くわけがなかった。まさかわかりやすく体が光に包まれたりするわけでもないだろう。そんな幻想的なものではなく、もっと直に体を触れ合わす必要がありそうだし、そもそも相手の体調が悪い時にしないとそれに効果があるかどうかもわからない。
 何より、比奈と『そういうこと』をするというのがどうしても想像できなかった。
「他に方法はないのか?」
「あれば教えている」
「比奈はまだ小五だぞ」
「安心しろ。今日明日の問題じゃない。彼女が初潮を迎えるまでは大丈夫だ。それまでに彼女に話して受け入れてもらう。お前は覚悟を決めるだけでいい」
「……」
 俺は口をつぐみ、親父を茫然と見返した。
 多分この時の俺は、ひどく情けない顔をしていたと思う。
「……なあ」
「ん?」
「さっきの話だと、親父はその……おばさんと……」
 親父は微かに眉を寄せた。
「ああ、俺は渚をずっと抱いてきた。今でもな」
「そのこと、母さんは?」
「知っている」
 ちょっとだけ親父に怒りを覚えた。
「正しいことだとは思っていない。だが正しさだけでは人は救えない」
「……」
「お前は軽蔑するかもしれないが、渚のことは悪く思わないでくれ」
「……わかってるよ」
 別に親父が間違っているとは思わない。
 他に方法がなかったからそうしたに過ぎないのだろう。俺だって同じ立場ならそうするかもしれない。
 命を第一に考えるなら、親父のやっていることは圧倒的に正しいのだ。
 それでも複雑な気持ちを抱いてしまうのは、俺が親父の、そして母さんの息子だからだ。
 自分の親が他の異性と関係を持っていることをすんなり受け入れるのは難しかった。
「……親父は、母さんのこと……」
「愛している。当然だ」
「でも、おばさんとは13の頃から……なんだろ? おばさんと結婚する気はなかったのか?」
 親父は小さく鼻を鳴らした。
「まったく考えなかったと言えば嘘になる。だが、母さんと会ってからはまるでその気にはなれなかったな」
 それから親父は、それは渚も同じだ、と付け加えた。
「……おばさんも、おじさんのことを愛していたんだな」
「お互いにな」
 親父は虚空を見上げるように溜め息をついた。
「俺も渚もそれぞれ違う相手に出会い、愛してしまった。しかし俺たちは関係を続けていかなければならなかった。不義理を働きたくなかったので、それぞれの相手に事情を話した。ふざけた話と呆れられても仕方なかったし、それで離れていってもしょうがないと覚悟していた」
「……」
「だがな、母さんは──留美はそれを信じてくれた。そして受け入れてくれたんだ」
「……」
「同じように敏雄さんも渚を受け入れた。もちろん心中穏やかではいられなかっただろうが、とにかく信じて、愛してくれた。二人とも」
「……」
 四人の間には、きっといろいろなことがあったのだろう。
 もちろん詳しいことまではわからない。
 親父は厳しい顔を見せている。でも俺にはその表情はどこか弱々しく映った。
 その弱々しさは決して情けなくはなかったけど。
「俺、やっぱりよくわからない」
「そうか」
「でも、もし俺にやれることがあるのなら、ちゃんとしようと思う」
「……」
「その手段が……『そういうこと』っていうのは、ちょっと納得いかないけどな。とにかく話はわかったから」
「……悪いな」
「なんで謝るんだよ。親父は何も悪くないだろ」
 俺の言葉に親父は微笑を浮かべた。
「言うべき言葉が見つからなかっただけだ。気にするな」
「そういう時は頑張れの一言でいいんじゃないかな」
「……お前も随分生意気に育ったなあ」
「なんでだよ!」
 子供扱いする意地悪な笑みに俺は憤慨する。生意気に見えるならそれは間違いなくあんたの血だ。
「比奈ちゃんのこと、任せたぞ」
「言われなくても守るさ。比奈は大事な妹だ」
「本当は何もないのが一番なんだがな」
「……ああ」

 本当に、何もなければよかったのに。

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