彼女と顔を合わせたのは、年が明けて大体5時間後のことだった。
新年の空はまだ闇に覆われていて、日の光の気配はまるで感じられない。
「あけましておめでとう、文花」
そう言って笑いかけると、青川文花はにっこりと微笑んだ。
「あけましておめでとう、耕介くん」
正直、意外だった。
この青川文花という女の子は、普段から言葉数が少なく、会話というものをあまり成立させることがない。だから今みたいに、はっきりと挨拶を返してくれるとは思わなかった。やはり新年の挨拶というものは、文花にとっても特別なものなのだろうか。ぼくは驚きながらもうれしく思い、彼女に手を差し出した。
文花はうれしげな様子で、ぼくの横に並ぶ。
振袖姿の文花は手に小さなバッグを提げ、赤い道行コートを羽織っていた。ぼくが今着ているコートに比べると、布地は薄く見える。着物の防寒効果は果たしてどの程度のものなのだろう。つないだ手のひらはひどく冷たかった。
「寒くない?」
文花はぶんぶんと首を振る。今度は言葉はなかった。
その代わり、手をぎゅっと握ってきた。
つないでいるから温かいよ――たぶんそう言いたいんだろう。
ちょっと気恥ずかしい。
「……いつもなら寝てる時間だけど、文花は眠くない?」
ぼくの方は少し眠い。一応4時間くらいは寝たので、そこまで辛くはないけど。
文花は、一つ大きなあくびをした。
「眠いんだ?」
はっとなって慌てて口を閉じる。
ぶんぶんと首を振るものの、説得力は皆無だった。
「どうせ昨日の格闘技、録画したやつをもう一度観てたんでしょ」
文花はこくりとうなずくと、やや顔を曇らせた。
昨日のイベントには、どうも満足できなかったらしい。ぼくもネットで中継を観ていたけど、確かにちょっと残念な興行だった。去年と比べてもさらにスケールダウンした印象があった。
国内の格闘技人気は下火である。需要がなければ供給も減るのが資本主義の宿命。ファンには辛い現実だ。
不満げな彼女に、ぼくは提案する。
「帰りに家に寄ってもいい?」
文花はきょとんとした目でぼくを見る。
「昨日の録画、ぼくにも焼いてくれる? ネットで観たんだけど、保存の仕方がよくわからなかったんだよね」
文花は一瞬虚を突かれたようにはっとなって、それからこくこくとうなずいた。
もちろん、それは方便だったりするんだけど。
彼女の家で新年を過ごすのは、初めてのことだから。