◇ ◇ ◇
依頼の内容は実に単純なものだった。
村内にある刀を処分すること。それだけだ。
その刀は戦国時代に実際に使われていた合戦用で、持ち主を魅了するいわくつきの代物だという。
戦がなくなってもなお人を魅了し、殺め続けたために、この村のどこかに封印されたらしい。
(でも……)
由樹は歩きながら首を傾げる。
三人が歩いているのは、ちょうど火浦の屋敷の裏山に続く道だった。舗装されていない山道は、夕方の暗がりも重なって少々歩きづらい。
由樹はいまいち納得がいかなかった。封印しているなら放っておけばいい。なぜわざわざ処分する必要があるのか。
しかも処分にあたるのは若い女性一人だ。
「……」
依澄は静々と由樹の前を歩いている。
先導する火浦の背中を追う依澄の後ろ姿は、実に絵になった。夕暮れの中、おぼろげに見える和服姿は幻想的だ。
霊能者だという。確かに浮き世離れした印象を抱かせるが、しかし特別な力を持っているようには見えない。
「あの……神守さん」
由樹は依澄の横に並ぶと、とりあえず話しかけてみた。
「……」
無言で首を傾げられる。由樹は一瞬詰まるが、
「あー、山道は大変じゃないですか? 歩くの疲れたりとか」
「……」
依澄は無言のまま首を振った。
「そ、そう。足下危ないから気を付けてくださいね」
言った瞬間、依澄の体ががくんとつんのめった。
「!」
依澄が微かに目を見開く。そのまま転びそうになって、
「おっ、と」
慌てて由樹がその体を支えた。
腹辺りに右手を差し込み、左手で腰の帯を掴む。着物と体の柔らかい感触に少しどきりとする。
「大丈夫ですか?」
すると、依澄が顔を上げて言った。
「ありがとうございます」
頭を下げるその動作も美しい。由樹は妙に気恥ずかしくなってつい顔を逸らした。
どこをどうしたらこんなに美しい振る舞いができるのだろう。依澄の一挙手一投足はあまりに整っていた。
そのとき、先導していた火浦がぴたりと足を止めた。
「この辺りです」
そこはちょうど道の終わりで、先にはただ林だけが広がっていた。
「? 何もないですけど」
周囲を見回すが、特に変わったものはない。
「そう、何もないんです」
「は?」
「だから神守さんをお呼びしたんですよ。普通の人にはこの先の結界を破れないので」
由樹には意味がわからない。
依澄はしばらく無反応だった。
「さあ、神守さん。お願いします」
「……」
火浦の言うことも依澄のやることも由樹にはわからない。
ただ、彼女が危ないときは自分が全力で守らなければならない。由樹が確信しているのはそれだけだ。
依澄は──首を振った。
火浦の目が見開かれた。
「……な、何のつもりですか」
「……あなたから、人以外の気配がします」
「な……!」
火浦はうろたえた声を洩らした。
依澄はそんな彼を鋭く見据える。
「な、何を言い出すのですか。私は依頼人ですよ? 妙なことを言わないで下さい」
「……」
しかし、依澄の目は変わらない。変わらず、疑いの目を向けている。
由樹は突然の展開に驚いたが、何を言っていいかわからず黙っていた。
火浦は抗弁を続ける。
「何を疑っているのかわかりませんが、私にやましいことなどありませんよ。だいたい、
あなたを騙して私に何の得があるのですか」
「……」
依澄の表情は変わらない。
その目に気圧されたか、火浦は声を荒げた。
「い、言うことを聞け! さっさと結界を解くんだ! 早く!」
「……」
「頼む……言う通りにしてくれ。でないと」
そのとき、依澄の眉が微かに跳ね上がった。
火浦は頭を抱えてうずくまる。
「俺は……俺は……」
ぶつぶつと何かを呟く火浦は、理性を失っていくかのように挙動不審になっていく。
まるで、人ではなくなるかのように。
依澄は何も答えない。何かを待っているかのように、和服姿の麗女は美しく男を見つめ続ける。
火浦は落ち着きなく身じろいで──
『じゃあ……もういい』
次の瞬間、身を起こすや目の前の依澄に飛びかかった。