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縁の片 揺蕩う少女・4


 変な言葉を聞いたような気がした。
 霊?
(別に幽霊じゃないけど)
 先回りの思念が依子の疑問をうち払った。
「……本当に、心を読んでないの?」
(幽霊か何か……だと思った?)
 失礼ながら思った。
 容姿が子どもだったり、思念を飛ばしたり、縁糸がなかったり、特殊要素が多いために「実は幽霊なの」と言われても、そっちの方が納得できる気がしたのだ。
 美春は軽く溜め息をついた。
(……間違いでもない)
「……何が?」
(幽霊)
「え? だって今、」
(死んでないだけ。それ以外は幽霊なんかと変わらない……かも)
 またわからなくなってくる。何を言っているのだろう。
 美春は言った。
(私は、生きた霊なの)
 脳に響く声は、どこか寂しげだった。
「……生霊? ドッペルゲンガーとか、そういうやつ?」
(知ってるの?)
 頷きながら本家で学んだ知識の記憶を掘り起こす。
 ドッペルゲンガーとかもう一人の自分とか呼ばれるものは、大抵が生霊だと言われる。
 彼らは死霊とは違い、生きている。元の人間の魂からなんらかの原因で分裂し、自我を持った魂が生霊の正体だ。
 話には聞いたことがあるが──
「……」
 中学生くらいにしか見えない自称二十三歳の少女は、睫毛を右手で小さくいじっている。
 その挙動は少しも不自然ではなく、どう見ても人にしか見えない。縁糸の薄弱さだけが浮いている。
(説明……するね)
「うん」
 語り出す美春。


(……私の『本体』は病弱な人で、いつも寝たきりだった)
「……」
(あるとき容態が悪化して、その人は死にたくないと強く願った。そのとき私が生まれたの)
 その説明は多くのドッペルゲンガーの誕生と同じものだった。彼らは、死にたくないという想いから生み出されたもう一人の自分なのだ。
(元々霊力は強かったみたいだけど、制御する力を持ってなかった。たぶん、私が生まれたのは本当に偶然だったんだと思う)
「……」
(最初は自分のことがよくわからなかった。しばらくして、本体と出会って、初めて自分のことを理解した)
「……」
(やがて本体が死んだけど、私は生きていた。私は魂だけだから、病気とかにはならないみたい。私はその人の代わりに、その人の分まで生きていこうと思った。でも……)
「……でも?」
(声が……)
 声? 急に出てきた言葉に依子は戸惑った。が、すぐに今、彼女は声を出していないということを思い出す。それと関係があるのか。
「……声が、どうしたの?」
(……言霊って、知ってる?)
 心臓が跳ねた。
「……言葉に霊力を乗せるあれのこと……だよね?」
(そう)
 それのことはよく知っている。依子は姉のことを思い出す。あの人も、言霊の力に左右されていた。
(誰かと話して、すぐに言葉の異常に気付いた。私が何かを言うと、誰もが暗示にかかったかのように放心した)
 彼女もまた、言霊の力を持つのだろう。それも、相手が意識を保てなくなる程の言霊だ。彼女の霊力の強さが窺える。
(だから私は喋らないことにした。喋らなければ……問題ないから)
「それで思念を……?」
 そのとき、美春が微かに笑んだ。
 幼い顔に映るには不自然な、大人びた微笑み。
(思念を飛ばしても……それを気味悪がる人も多い。だから……私は他人と関わりをほとんど持たない)
 達観と諦念が入り混じった微笑。
 依子はその顔にようやく気が付いた。
 この人は姉に似ているのだ。言霊だけではない、まとう空気や、表情が。
 あの人も底知れない気配を見せ、こんな風に寂しく笑う。
 思念を飛ばす力はないが、二人はよく似ている。落ち着かないのはきっとそのためだろう。容姿も話し方もまるで違うが、依子には重なって見えた。
 ちょっとだけ苦手な雰囲気。
 だが決して嫌いではない。ペースを狂わせるところまで姉と似ていたが、懐かしさの方が勝った。
 これも名残の一つなのかもしれない。
「……友達とか、いないの?」
 美春は微笑を消し、
(……元々一ヶ所にとどまることがないから)
「……」
(それに私は歳を取らない……この体も、十年前から変わらない。そんな私が他の誰かと共に生きるなんて、無理)
「そんなこと、」
(無理……言葉を使わない、戸籍も持たない。歳さえ……重ねることがないのに)
 何の感情もこもらないようにしているのだろう。美春の言葉は無機質に満ちていた。
 きっとこの人は、自分なんかよりもはるかに複雑な時間を過ごしてきたのだろうと思う。
「……友達なんていらない、ってこと……?」
(そういうの、だいぶ前に考えなくなっちゃったから)
「……」
 執着が感じられない言葉に依子は落胆する。
「……私じゃ、駄目かな」
 うつむいて、出た言葉はそれだった。
(……?)
「私とは普通に話せているもの。私じゃ友達にはなれない?」
 美春は一瞬金縛りにあったように押し黙った。ひどく驚いたようで、目を眩しげにしばたたいている。
(なんで……?)
 問われてもすぐには返せなかった。
「え……それは」
(同情?)
「! そんな失礼なこと言わないよ!」
 あまりと言えばあんまりな物言いに、依子はつい声を荒げた。
「私が友達になりたいの。それ以外何もない」
 美春は息が詰まったように固まる。
 依子はじっと相手を見つめる。
(あなた、変わってる)
「美春さんほどじゃない」
 少女は唇を小さく緩ませた。
(でも……友達って具体的にどうすればいいの?)
「は?」
(何か、ある?)
 依子は答えに窮した。
 友達の定義とはなんだろう。基準が果たしてあるのだろうか。
 けっこう根元的な問いに悩み込む。
(冗談)
 美春の思念に依子ははっとなった。
(好きに思えばいい……それは人の自由……だから)
 じゃあ思わせぶりなことを言わないでほしい。依子は拍子抜けする。
 でも、
「友達になってもいいの?」
(あなたがそうしたいなら……私は構わない)
 その思念を受けて、依子はとても嬉しくなった。今日一番の笑顔が自然とこぼれた。
(いつまでこの町にいるかはわからないけど……しばらくよろしく)
「──うんっ」

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