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縁の情 神守の当主・3


 夕方、二人はショッピングモールをあてもなく歩いていた。
 適当に冷やかした店々で守は服やアクセサリーを勧めたが、依澄は首を振った。特に買いたいものはないらしく、試着さえしなかった。
 スタイルのいい彼女なら大抵のものなら着こなしてしまうだろうに。守は少しだけ残念に思ったが、時折楽しそうに微笑む姿を見ていると、まあいいかという気がしてくる。
 手はまだ繋いでいる。
 移動の際にやむをえず離すことはあったが、依澄が繋ぎ直してくるのでそのままにしている。感触が心地よいので守から離す気もない。
 こうしていると恋人同士みたいで、守は気恥ずかしくなった。幼馴染みでもなければ話しかけることさえ出来ないだろう美人と、手を繋いで歩いているのだ。意識して当然だった。今更だが。
 二人はあらかたモール内を歩き終えると外に出た。西からオレンジの照明が世界を照らしていた。
依澄が前を指差したので顔を向けると、公園の入り口が見えた。入りたいのか尋ねると、大きく頷いた。
 中に入ると中央の時計台が五時を示していた。台の前の噴水が夕焼けを寂しく反射している。奥の芝生では子ども達がサッカーボールを蹴っていた。他にも人はいたが、まばらで全体的に静かだ。
 守は依澄の手を引き、近くのベンチに座った。
 依澄が小さく息をつく。それを見て守は問いかける。
「疲れた?」
 依澄はふるふると首を振った。
「ぼくはちょっと疲れたかな。久しぶりだったからね、依澄さんと過ごすのも」
 どういう意味? と、依澄の目が険しくなる。
「依澄さんと一緒にいると楽しくて充実するからさ。楽しい疲れ、っていうか」
「……」
 依澄は何も言わない。
 そのとき、秋風が公園を強く吹き抜けた。
 肌寒い風の感触に、依澄が体を小さく震わせる。
 守も微かに身震いする。上着の前を抑えようとして、
「え?」
 急に幼馴染みの体が寄りかかってきた。
 手どころか腕全体を絡めてきた。長い黒髪が守の肩から胸にかけてふわりと広がり、甘い匂いが鼻を刺激した。
「い、依澄さん?」
「……」
 無言のまま身を寄せる依澄。
 彼女が右側でよかったと守は思った。左側だったら心臓の早鐘を気取られていたに違いない。
「……寒くなってきたね」
「……」
「そろそろ帰ろうか」
「……」
 口を閉ざしたままの依澄に守は困り果てた。
 と、そこで大事なことに思い至る。
「依澄さん、今日は日帰りだよね?」
 すっかり失念していたが、思い込んでいたのも確かだ。ただ守に会いに来るためだけに宿泊場所を用意しているとは思えない。
 依澄はしばらくなんの反応も見せなかった。
 やがて、
「もう少しだけ……付き合って下さい」
 消え入りそうなくらいに小さな声が、胸元から聞こえた。
「……え?」
「やっぱり……これだけじゃ足りないみたい……だから」
 ぼそぼそと呟く言葉の意味を守は測りかねる。
「えっと……」
 何とはなしに漏らした声に答えるように、依澄は言った。
「戻りましょう……部屋に」


 部屋のベッドに座る依澄の姿を見て、守は強烈な既視感を覚えた。
 ついこの間の夏の夜、別の女の子が同じように座っていたのを思い出す。あの少女も言葉なき者だった。喋らないのと喋れないのとでは決定的な差異があったが、似た状況ではある。
 あのときは相手にそれなりの理由があった。しかし今、依澄の意図はまるで謎である。
 時刻は午後七時を回っている。
 ここに泊まる気だろうか。たまに依子が泊まっていくが、最近はそれもない。あそこまで無防備なのもどうかと思うが、依澄は依子とは違う。そうでなくても依澄は女の子なのに。いや依子もそうだが。
 軽く混乱していることに気付き、小さく頭を振る。
「依澄さん、そろそろ準備しないと帰れなくなるよ」
「……」
 依澄はなぜか眉根を寄せる。
「……泊まっても、……いいですか?」
「……」
 守は右手で頭を抑えた。予想通りすぎて困る。
 その頼みだけは聞きたくなかった。いくら幼馴染みといえ、依澄は守にとって、決して意識しないではいられない相手なのに。
「……いくらなんでも不用意だよ」
 ため息は沈み込むように深く、濃い。
「ぼくだって男なんだ。少しは気を付けるべきだよ。相手のことを」
「……?」
「……初恋の相手なんだから」
 目の前の幼馴染みがずっと好きだった。幼い頃から、ただ好きだった。
 だが今の守には別に想い人が存在する。その気持ちに相反するような些細な過去のくすぶりを、今更再燃させてどうなるというのか。
 ひょっとしたら、今でも好きかもしれないのに。
「だからさ、誤解を招く発言はやめた方がいいってこと。若い男女が簡単に同じ部屋に泊まるなんて……」
 親父臭い説教を始める守。依澄は肩をすくめ、軽くため息をつく。
 それからおもむろに立ち上がった。
 そのまま守の目前に歩み寄る。
「……?」
 僅かにのけぞる。何か嫌な予感が。
「いす──」
 名を呼ぼうとして、その言葉は外に出ていかなかった。
 依澄が、守の口を自らのそれで塞いだからだ。
「──!?」
「──」
 何を、なんで、
 脳細胞が混乱し、沸騰する。同時に密着する体の柔らかさがさらにそれを助長する。
 たっぷり十秒は費やし、依澄はようやく口を離す。
 守は呆然と立ち尽くす。
 耳元で依澄の囁きが響く。
『抱いて下さい……守くんにしか頼めないことなんです』
 何がだ。理由もわからないままそんなこと出来るわけがない。
 そう思ったはずなのに。
 守は不思議とその声に逆らえなかった。
「あ……」
 依澄の手が守の両腕をがっしと捕えた。
 体になんだか力が入らない。夢の中みたいに思い通りにならない。
 彼女の細腕に引かれた体は、簡単にベッドに引き倒された。
「……」
 依澄の端正な顔が極端に近い。
 麻痺したように重い頭が小さな抵抗の意識を生む。しかしすぐに掻き消え、脳が何かに塗り潰された。

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