駅前のスーパーに入ると、真希は真っ先にお肉コーナーへと向かった。
ほとんどのお肉パックに半額シールが貼られており、真希は豚肉をあさりまくる。牛肉を選ばないのは予算が決まっているからだろう。半額でも牛肉は高かった。
他のコーナーも一通り回り、魚、野菜、醤油等の調味料をかごに入れた。レジに向かい、精算を済ませる。
スーパーを出たところで俺は真希に尋ねる。
「で、何にするか決めたか」
「ちょっと待って。今考えてるから」
「早くしろよ。正直きついんだから」
両手に提げる荷物の重さに辟易しながら促す。真希はうーんと唸っている。
「あ」
急に短い声を上げたので、決まったのかと横を振り向くと、
「にぃ、来て!」
いきなり腕を引っ張られて俺は転びそうになった。
「な、なんだよ、どうした」
「ゆかりさんがいた」
その短い返答は予想外で、息が詰まった。
「会うのか」
「会いたくないの?」
問われてわずかに逡巡する。急にそんなこと、
が、真希はそんな躊躇さえ許してくれなかった。強引にぐいぐい引っ張られていく。荷物を持っていてはろくに抵抗も出来ない。
諦めて真希に従う。俺は小走りに真希についていった。
目の前に広がるは駅前の交差点。
俺の視界に制服の後ろ姿が映った。真希が追い付いて声をかけると、少女は驚いたように首をすくめ、振り返った。
久しぶりに見たゆかりの姿は、夢の中に出てきたものと全く同じだった。
ゆかりは突然現れた真希の姿に戸惑った様子だったが、やがて俺の姿を確認すると、小さく呟いた。
「まさくん……」
久し振りに愛称で呼ばれたためか、一瞬昔に戻った気がした。
真希の提案で、俺たちは近くのファミレスに入ることにした。
今日はにぃの奢りだから、と真希は支払いを俺に命じた。好きなものを買ってやると言った以上、それには従うしかない。
適当に飲み物やデザートを注文すると、真希が勢いよく話し始める。
「いやー、でもまさかあんなところでゆかりさんに会うとはねー」
ゆかりは小さく微笑んだ。
「私も驚いたわ。本当に久し振りね、真希ちゃん」
「制服着てるけど、ゆかりさんは学校帰り? 夏休みまだなの?」
「ううん。もう夏休みだけど、補習を受けるために登校しなきゃならないの。日曜日とお盆休み以外は全部学校」
それを聞いて、真希はうわ、と声を上げた。
「進学校ってそんなに大変なの!? うちのにぃなんて初日からおもいっきり眠りこけてたのに」
「やかましい」
ゆかりはくすくすと笑った。
「ところで今日はお買い物?」
「お肉の特売日だったの。今日はにぃの好物を作ってやろうと思って」
「豚のしょうが焼き?」
「あ、覚えてたんだー。ゆかりさんは何が好きだったっけ。カレー?」
ゆかりは頷く。確かゆかりは辛いのが苦手なので甘口が好みだったはずだ。
「にぃも会話に入りなよ。せっかくゆかりさんに会えたんだから」
「ん? ああ、そうだな……」
俺は曖昧に返事をした。
「なに、その不抜けた声は」
「いや、何話したらいいか、わからなくて」
「なんでもいいじゃない。学校のこととか、自分の近況とか」
「と言われてもな」
俺がはっきりしない態度でいると、目くじらを立てられた。
「もう! ゆかりさんと会えてにぃは嬉しくないって言うの?」
「そんなこと言ってないだろ」
「とにかく、気まずそうな態度をやめること。私、ちょっとお手洗いに行ってくるから」
一方的に告げられて俺は鼻白む。言い返す前に真希はさっさと席を立ってしまった。
ゆかりがおかしそうに笑った。
「真希ちゃん、相変わらずだね」
「まったく、少しはしとやかさを身に付けてほしいもんだ」
「でも、私はあんな元気な真希ちゃんが好きだよ。私はあんな風には振る舞えなかったから……」
「……」
懐かしそうに言うゆかりの目には、どこか憧憬のような光が映っている。
「変わったな」
「え?」
何とはなしに呟くと、不思議そうな顔で見返された。
「前はさ、もっと無口だったろ、ゆかり」
ゆかりは小さく眉を上げた。
「苦手だっただろ、人と話すの」
「……うん、そうだね。だから私、あんまり友達いなかった。けどまさくんと真希ちゃんは私の言いたいことわかってくれたから、二人と遊んでるときは一番楽しかったよ」
「クラスでは俺が通訳みたいな感じだったからな」
そうなのだ。かつてのゆかりは無口すぎて、会話さえまともに行うのが困難だったのだ。
俺が橋渡しをすることで、辛うじてクラスメイトとの交流を果たしている状態だったが、俺もよくゆかりのことを理解できたものだ。
「でもよかった。元気にやってるみたいで」
俺は素直にそう思った。違う学校で問題なく過ごせるかどうかというのは、詮なきこととはいえ、やはり気になることであった。
ゆかりは何も答えなかった。ただ俺の顔を見つめてくるだけである。
別に変なところはなかったと思う。なのに、なぜか俺はその顔に違和感を覚えた。
「……どうした?」
「え?」
「いや、なんか微妙な表情だったから」
「……ううん。昔を思い出してただけ。なんか、懐かしくなったから」
ああ、と納得する。こうしてまともに話すことも久しぶりだし、感慨深くなるのも当然かもしれない。
「なあ、これからもさ、こうやってちょくちょく会えないかな。前みたいにさ」
来るときに交していた真希との会話を思い出しながら、さりげなく提案してみる。
「……忙しいかも」
断られた。
「……そ、そうか」
心の中で舌打ちをする。進学校を恨むぞ。
「仕方ないか。昔とは違うんだもんな」
「……会えないとは言ってないよ」
「……」
思わずゆかりを見返す。
「えーと、つまり……」
「時間あるときなら、いいよ」
おずおずと答える。その挙動は昔とあまり変わらない。
忙しいと言いつつも頷いてくれたゆかりに、俺は嬉しくなった。俺たちのことを、前と同じように大切に想ってくれているように感じた。
「……ありがと、な。少しでも会えるとさ、真希も喜ぶから」
「……まさくんは?」
「へ?」
「まさくんは……喜んでくれないの?」
「……馬鹿。喜んでるよ。嬉しいに決まってるだろ」
ゆかりはそれを聞いてくすぐったそうに微笑んだ。
そのあとすぐに真希が戻ってきて、次いで注文の品が届いた。俺たちは互いの近況や昔の思い出を語り合いながら、約二時間を過ごした。
携帯電話の番号とメールアドレスも交換し、また俺たちは接点を持とうとしていた。
前とは互いに変わってしまったかもしれない。もう小学生じゃないし、学校も違うし、彼女はもう無口じゃない。俺が共にいてやる必要さえ、ない。
それでも一緒にいようとすることは、会おうとすることは決して悪くないと思った。こうして久し振りに会っても、前と変わらずに接することが出来たのだから。
そう、考えていた。
◇ ◇ ◇
俺はまた、あいつの部屋にいた。
なぜ、という当然の疑問に頭は答えを出せなかった。明るい蛍光灯の光に照らされた小さな空間内で、俺はただぼんやりと立ち尽くす。
ふと、外が気になった。
ベッドの横の窓は薄茶色のカーテンに覆われている。俺は窓に歩み寄り、カーテンに手をかける。
布一枚に隠された向こう側には何か得体の知れないものが存在しているのではないか、などという子供じみた想像が背筋を舐めるように生まれたが、それでも意を決して開けた。
窓の外には、暗い闇が広がっていた。
夜、という考えに埋没しかけて、慌てて否定する。そんなはずがない。外には明かりどころか、何かあるときに多少なりとも感じる、物体に対する気配さえなかったのだ。
何もない。この世界にあるのはこの部屋だけで、それ以外は何もなかった。黒いマジックで塗り潰されて、部屋以外の存在を否定されたかのような世界。
これは多分、本当に必要なものだけ用意しているからだろう。この世界に必要なのは、この部屋だけなのだ。なぜなら、この部屋は彼女と会える場所だから。
果たして、少女は現れた。
ドアを開けて前回と同じように俺に抱きついてくる。俺は抵抗しない。前と違い、戸惑いも焦りもなかった。彼女に強く触れたいと思った。
俺は少女の名を呼ぶ。
幼なじみはにこりと笑んだ。俺がかつて好きだった笑顔。
いや、今も好きなのは変わらない。でも今のあいつはもう違う。昔のあいつとはもう違う。
なのに、目の前の彼女は変わらない笑顔を見せてくれる。姿は成長した状態なのに、中身だけが昔のままだ。
それはひょっとすると、俺が望んでいた姿なのかもしれない。
少女は俺の顔を至近で見つめる。とても、嬉しそうに。
服を脱がされた。抵抗はしない。好きなようにさせる。シャツがはだけて上半身が現れる。そのままベッドに押し倒され、一気にズボンも下げられた。
まるで躊躇がない。顔は熱っぽく爛々と輝いている。随分積極的だった。さすがにこんな様子の少女は見たことがない。
下着をずらされ、外気に触れた逸物は、既に屹立していた。幼なじみは舌を這わせると、口腔内にあっという間に飲み込んでいく。
凄まじい快感が全身を駆け抜けた。電気椅子で処刑されるような、身動きできない不自由さ。しかし、襲ってくるのは苦痛ではなく、圧倒的な快楽の痺れだ。
この、誰もいない世界の中なら、彼女に何をしてもいいという意識は少なからずある。
一方で彼女に対して申し訳ないという意識もあったが、目が合うとそんな思考は波にさらわれるように流されてしまった。彼女の目が、遠慮はいらないと妖しく告げていた。
性器が口の中に埋まっている。激しい往復が繰り返されるたびに、ざらつく舌と生暖かい体内温度が強く射精を促してくる。
二人っきりの世界の中で、我慢という意識はあまりに薄弱だった。
魅惑的に赤い唇が蛭のように根本に吸い付き、唾液が棒全体を溶かすようにぬめらせる。それはまるで、痛みのない消化液。
苦しくないのだろうか、と心配の目を向けると、彼女は男根から口を離し、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
顔を見るだけで心の裡が全てわかったときがあった。
今もそうだった。彼女が無口だった頃のように、考えていること、言いたいことが皮膚感覚だけで、伝わってくる。
言葉を持たなかった頃の人間も、きっとこんな風に意思の疎通を図れたのではないだろうか。言葉がなくても、人は理解しあえるのかもしれない。
彼女がもっとと目でせがむ。もっとしたくて、もっとされたくて、少女は自身の衣服を剥ぎ取っていく。
俺たちは互いに裸身をさらし、抱き合った。
温かい抱擁と優しいキスを贈り合う。こんなに綺麗な体を、俺は今独り占めしている。
手を伸ばす。相手の股間はもう濡れていて、今すぐ突っ込んでも何も問題ないかのようだった。
指を入れると、彼女は身を固くした。俺は大丈夫と囁き、そのまま内襞を撫でるように中に侵入する。
指の腹でゆっくりと擦ってやると、少女の体が震えた。緊張ではなく、快感が襲っているのだろう。顔に陶酔の笑みが浮かんだ。
強めに指を動かすと、彼女の腰が跳ね上がった。首筋にしがみつきながら、体をぶるぶる震わせている。俺はそれを見て遠慮なく刺激を送り込んだ。粘った感触が指にまとわりつき、スムーズに中をなぞれた。
間断なく擦り上げていくうちに、彼女の目は泣きそうなくらいに揺れていった。絶頂はすぐそこまで来ているのかもしれない。俺は慌てて指を抜いた。
彼女は困惑げに俺を見やった。不満顔に、俺は頭を撫でてやる。
俺は彼女の上に被さると、秘所目がけて下半身を突き立てた。彼女は嬌声を上げ、しがみついてくる。
初めて、という思いが頭をかすめた。しかし少女は、快感に打ち震えた喜色の声だけを発している。遠慮はいらないか、と俺も激しく腰を動かした。
先程イキ損ねたせいか、幼なじみの腰遣いは俺よりも凄かった。負けじと全力で動く。締め付けが一気に強まった。
往復を重ねていくと、彼女は半ばイキかけていた。どうやらあまり余裕がないようだ。俺も抑えることなく神経を傾ける。一歩先にある快楽の到達点を目指して、膣口の中をぐちゃぐちゃに掻き回した。
俺は高まった絶頂感に身を委ね、精液を奥へと放出した。子宮の壁にぶつけるように腰を押し付け、熱のこもった液体を丁寧に擦り付けていく。
彼女は荒い呼吸をなんとか落ち着かせようとするが、口が喘いでうまくいかない。絶頂の波が意識を吹き飛ばしているようで、膣だけが絶え間なく蠕動していた。
なんて気持ちがいいのだろう。
ずっとこのままでいたいという思いが体を覆い、安心感の前に力が抜けていく。
少女が力なく微笑んだ。
互いに弛緩しきった体で抱き合うと、俺たちはどちらからともなく安心の口づけを交し合った。
目が覚めたとき、下半身に違和感があった。
冷たい肌触りにはっとなって、トランクスの中を探る。
粘り気のある冷めた液が指先に絡み付いた。
「…………」
夢の中の快楽劇とは打って変わって、俺の気分は一瞬で落ち込んだ。