BACK INDEX NEXT

続・手をつないで・9

『ひとりのほうが、楽。それは今も思っている。でも“あの子”は違うみたい。もう私は、あの子とはまったく違う存在なのかもしれない。ひょっとしたら、私があの子の弱気な部分とかネガティブな部分を、分裂したときに全部背負ってしまったのかもしれないね……。それなら私は、もうこのまま元に戻らないほうが、』
「それは違う」
 思わず強い調子で遮ってしまった。
 彼女は驚いたように顔を強張らせた。でも、ぼくは続ける。それは違うよ。
「人の性質なんて簡単に切り離せるものじゃないし、そんなにしっかりと定まってもいない。だから人は変わることができる。あっちの飯島さんが友達を作れたのは、本人がそうあろうとしたからだ。そして君も、弱い部分を背負ったなんて言い方はしちゃだめだ」
『……急に何?』
「自分を軽視するような言い方はしちゃいけない。ぼくはそんな君を見たくない」
『……なんなのよあなたは』
 飯島さんはぼくを苛立たしげに睨んだ。
『私はあの子とは違う! あなたはあの子と親しいのかもしれないけど、私はあの子みたいに笑うことなんてできないし、自信も持てない! 同一視しないで!』
「あっちの飯島さんにも、ぼくは同じことを言ったことがある」
 彼女の顔が固まる。
「彼女は、すぐに自分を責めたり、自分が悪いと考える癖がある。それをぼくは注意した。君と同じだよ。たしかに君は、ぼくの知っている飯島さんとは違う表情を持っているみたいだけど、それはきっと、ぼくが飯島さんのことをろくに理解していなかっただけなんだと思う。君と同じ性質を、きっと彼女も持っているんだ。そして君も、あっちの飯島さんと同じものを持っているんじゃないかな。別人なんかじゃないよ。君は君だ」
『で、でも、私は……』
 彼女は気弱げに肩を落とし、うつむいた。
『……自信がない。もうひとりの私にできたからって、私も同じようにできるとは限らないから……。ううん、たとえ友達ができても、それを続けていけるとは思えない』
「じゃあ、ぼくと友達になろう」
 さりげない口調で言ったつもりだ。
 飯島さんは、呆けたような顔でぼくを見つめた。
「友達になって」
『……な、なんで?』
「そうなりたいから。だめ?」
 彼女は言葉に一瞬詰まったかと思うと、慌てて首を振った。
『だ、だめ。あなたはあの子の友達なんでしょ? だったら私と友達になる必要なんて』
「どっちも同じ飯島さんだよ。で、ぼくはどちらとも仲良くしたい」
『あ、あなた、私を元の体に戻しに来たんでしょ? 言ってることめちゃくちゃじゃない。第一、私は別にあなたとなんか、』
「好きだよ、飯島さん」
 彼女は絶句した。
「元に戻ろうと、今のままでいようと、ぼくは君と友達になりたい。そして仲良くなりたい。あっちの飯島さんとは今でも親しくさせてもらっているけど、君がそこにいないと、完全な友達とは言えないとぼくは思う。だから、君とも友達になって、きちんと胸を張って言えるようになりたいな。飯島かなえさんはぼくの友達だ、って」
 絶句した顔が、次第に赤くなっていく。常夜灯はこんな夜中でも、彼女のきれいな顔を鮮明に照らし出していた。
「だめかな?」
『……元に戻ったら、私はどうなるの?』
 彼女は逆に訊ね返してきた。
「どうもならない。どちらの心も記憶も、消えずにきちんと受け継がれる。しばらく分離していたから最初は違和感を覚えるかもしれないけど、すぐに慣れるよ」
『……元に戻ることで、性格が変わったりしないかな?』
「ないよ。元々同じだったんだから、変わるわけがない。元に戻ることで、あっちの飯島さんの体調も良くなるだろうし、肉体と魂の間にあった隙間も埋まるから、もういりすがいなくても、変な悪霊にとりつかれるような心配だってなくなる。いいこと尽くめだ」
『……なんだか嘘みたいな話』
「でも本当のことだよ。保証する」
 彼女は深くため息をついた。
『……あなたがあっちの私と友達になれたのが、わかる気がする。あなたと話していると、なんだかほっとする。さっきはその……怒鳴ったりしてごめんなさい』
「ぼくのほうこそ、悪かった」
 お互いに謝ると、空気が和らいだような気がした。
「で、さっきの問いにまだ答えてもらってないんだけど、どうかな」
 しばらく顔を伏せていた彼女は、やがて小さく微笑んで答えた。
『私でよければ、……友達になってください』
 浮かべた笑顔は、とてもきれいだった。
 やっぱり彼女は魅力的だ。だって、こんなにもぼくの胸はドキドキしている。
 飯島さんはおもむろに立ち上がると、ぼくがよく知っている穏やかな表情をたたえながら、手を差し出してきた。
「握手?」
『うん。それと……私を導いて』
 首をかしげると、彼女は言った。
『……自信ないけど、あなたが手を取ってくれるなら、がんばれる気がする。私を元に戻してくれるんでしょ? あなたが連れて行って』
「わかった」
 そっと手を伸ばしつないだ感触は、以前と同じように柔らかく、温かかった。



『遅い!』
 家の前に戻ると、パジャマ姿の飯島さんと、しかめっ面のいりすがすでに外に出て待っていた。玄関前の結界範囲内ぎりぎりのところにいる。
『あんたが話してみたいっていうから任せたのよ。ちゃんと説得できたんでしょうね』
「なんとかね」
 生霊のほうの飯島さんを、前に出るよう促す。緊張した様子だけど、素直に従ってくれた。
 一方、本体のほうの飯島さんも緊張しているようだった。自分自身と対面する日が来るとは、さすがに思っていなかったに違いない。
「あ、あの」
『う、うん』
 まったく同じ顔、同じ姿の女の子が、合わせ鏡のように向かい合っている。ぼくはふたりに呼びかけた。
「それじゃあ、お互い両手をつないでくれる?」
 ふたりは同時にうなずく。まるで双子のようだ。
 つながれた手に触れながら、ぼくは霊気の流れを制御する。同じ性質の霊気を同じ方向に向けてやれば、自然と同化するはずだ。
 目を閉じて集中していると、耳元で何かをささやかれた。
『白草くん』
 名前だった。今の声の響きは生霊のほうの飯島さんだ。今夜初めて、ぼくの名前を呼んでくれた。そのことにうれしさがこみ上げてくる。
『さっきの言葉、覚えておくからね』
「……どの言葉?」
 友達になって、だろうか。
 吐息が耳にかかる。彼女は今どのくらい接近しているのだろうか。
 気の流れが元に戻っていく。
 ふたつの魂が、ひとつに収斂(しゅうれん)されていく。
『あんなこと言われたの、初めてだったよ――』
 その言葉に目を開けると、もうそこに生霊はいなかった。
 ただ疲れたような顔で、飯島さんが今にも倒れ込みそうになっていて、ぼくは慌てて彼女を抱きとめた。

BACK INDEX NEXT