◇ ◇ ◇
夜空に大輪の花が咲きました。
鈍く大きな音が夜の街に響き、地上にいる私たちの胸にもずしりと重い衝撃が届きます。
大きな一発を皮切りに、次々と色鮮やかな花が咲き乱れ、光跡をうっすらと残して闇に吸い込まれるように消えていきます。
私は今、商店街の通りにいます。
周りにはたくさんの出店が並び、たくさんの人が行き交っています。
今日は夏祭り。
隣にはもちろん私の大切な人がいて、ともに浴衣姿です。ちょうど一ヶ月前、縁日の夜に着たのと同じものです。
「綺麗ですね、花火!」
私は柄にもなく興奮していました。花火なんて、ずいぶん久しぶりなものですから。
「去年もやったんだけど、見なかった?」
「去年は部屋に引き篭もっていましたし」
「……あの家ちょっと離れてるしなあ」
彼は納得したようにつぶやきますが、ちょっと呆れられているかもしれません。
「いいじゃないですか。こうして今年、見ることができたんですから」
彼の手を握り、にっこり笑いかけます。
「あなたと一緒に見ないと、意味ありませんしね」
「……そうだね」
彼もきゅっと握り返してきます。
この人の本当の彼女になりたいと、ずっと思っていました。
でも、とっくに私は彼のものになっていました。あの初めての夜より前から、ずっと私たちは想い合っていたのですから。
大事なのは行為ではなく、想い。
それに気づいたのは、ごく最近のことです。
私は彼に抱かれることで、本当の彼女になれると思っていました。逆にいうと、そうしないとなれないと思っていました。
そんなわけありません。確かに契りを交わすのは特別なことかもしれませんけど、あくまで一行為です。多くのふれあいの中の一つにすぎません。
ちゃんと向き合って、想いが通じ合えば、それでもう十分なのです。
それよりも、その想いを断たないように、継続していかないといけません。それはとても難しいことです。想いはあやふやで、数値化できるものでもありませんから。
だけど、同時に想いに限界はありません。
これから私は彼のことをもっともっと好きになっていくでしょう。いろんな面を見つけて、その中には気に入らないものもあると思いますけど、それも含めて好きになっていくでしょう。
限りない愛情がどこまで膨らんでいくか、見当もつきません。でも私は今、彼の隣にいて、同じ景色を見ることができ、そのことを嬉しく感じています。
ともに歩める位置にいます。
私は彼の彼女です。でも、それだけでしょうか。
他になりたいものは?
「……くん」
小さく、喧騒にまぎれるように彼の名前をつぶやきます。
彼が顔を上げました。今の声が聞こえたのでしょうか。
夜空に何度目かの花火が上がりました。
私は顔を伏せ、遅れて届いた音にまぎれてつぶやきます。
彼が目をしばたかせました。
聞こえたでしょうか。きっと聞こえなかったと思います。
いいのです。これは別に聞かせるつもりで言ったわけではありません。
その思いを確固としたものにするために、口にしただけです。
私の心に深く刻み込んで、いつの日かそれが叶いますように――
「ぼくも君と結婚したい」
瞬間、私はびっくりして、彼の顔を凝視してしまいました。
「き、聞こえたんですか? 今のつぶやきが」
彼は小さく微笑みます。
「自信はなかったけど、ひょっとしたらと思って」
「……あてずっぽうで変なこと言わないでください」
「外れてた?」
私は言葉に詰まり、無言で首を振りました。
彼は嬉しそうに口元を緩めて、
「よかった。すごく嬉しい」
「私たち、まだ高校生ですよ?」
自分で言っておきながら、そんなことを口にします。
「じゃあ婚約ってことで」
「いつになるかわかりませんけど」
「ぼくは構わない」
「……気持ちが離れたりするかも」
彼は肩をすくめました。
「確かに可能性はあるけどね」
「……」
「でも、君はもうぼくのものだから」
心臓が一際大きく跳ねました。
「絶対に離さない」
彼の手に力がこもります。
痛いくらいに強く握りしめてきて、私は苦しくなります。なんだか心臓を直接絞られているような、そんな苦しさが胸に渦巻きました。
負けないように歯をぐっと噛みしめて、手に力を込めます。
「私も、離れません。離しません」
あなたは私のものだから。
いつまでも一緒に。
「私、なりたいものがたくさんあります」
「うん」
「あなたと家族になりたいです」
「うん」
「パートナーに」
「うん」
「夫婦に」
「うん」
一つ一つ頷いてくれる彼は、きっと私の一番の願いがわかっているのでしょう。その一言を待っているようでした。
私は大きく深呼吸をしました。
「あなたと一緒じゃないと、なれないんです」
「うん」
「だから、これからも――ともに歩んでくれますか?」
彼は私の顔をじっと見つめ、私の大好きな笑顔で答えました。
「喜んで」
「……ところで、今日は泊まっていきますよね?」
私が訊ねると、彼は目に見えて動揺しました。
「えっと……いいの?」
「今日はずっと一緒にいたい気分なんです」
ほどよい高揚とともに、私は言葉を重ねます。
彼は虚空を見上げてため息をつきました。
「女の子ってすごいね……」
「なんですか、それ」
つないだ手をそっと組み替えて、指を絡めます。
それだけで、ドキドキが強くなりました。
「今夜はいっぱい愛してくださいね」
「……頑張ります」
彼のため息混じりの返事に、私は小さく笑いました。