BACK INDEX NEXT

正鵠を射るために・3(2)


◇      ◇      ◇

 食事をすると元気が出てくる。
 実際、食堂で食べた朝食はおいしかった。内容はごはんに味噌汁、鮭の塩焼き、きゅうりとなすの漬物、玉子焼き、のりの佃煮と型どおりのものだったが、味は抜群だった。米の炊き加減もちょうどいい。ごはんもさることながら、水が喉に溶けるように通っていき、目覚めたばかりの体に優しく染み込んでいく気がした。どこかの名水なのかもしれない。
 食事を終えると部屋に戻って支度をした。外に出て、辺りを巡るのだ。しおりによればいろいろ観光スポットもあるみたいだし、なにしろ外は快晴だ。外に出ないのはもったいなかった。もちろん帰ってきたら温泉に入り、またおいしい食事に舌鼓を打ち、旅館のサービスを満喫するつもりだ。
 暗い気持ちに囚われることはない。これは旅行だ。仲のよい後輩と楽しむ、遊びの時間だ。これを楽しまないでどうするというのか。
 修一くんの目に、これは空元気に映るだろうか。
 そんなことはない。私の病気とこの旅行は、何の関係もない。私の事情を持ち込む必要なんてどこにもないのだから。
 楽しめばいいのだ。この時間を。
「だから暗い顔はしないで」
 私は朝からうつむいたままの修一くんの頬を、両手でぱちんと挟むように叩いた。
「せ、先輩?」
「そんな様子じゃますます元気がなくなる。それに、私も楽しめない。私のためにも、いつもの元気な修一くんを見せてほしいな」
 こう言えば修一くんはきっと笑ってくれる。それに空元気でも、そういう風にふるまっているうちに、元気は出てくるものだ。
 楽しみたい。お互い、今の時間を。誘ったのは私の方なんだから。
 修一くんの顔が和らいだ。まだ憂いを帯びてはいるものの、ちゃんと私の方を見て反応してくれたことがうれしい。
「先輩」
「ん?」
「近いです」
「……おっと」
 気がつくと彼我の距離が30センチほどに詰まっていた。手を離して後ろに下がる。
 大丈夫。まだ手は操れる。足も動かせる。何もかも無くしたわけじゃない。
「じゃあまずはどこに行こうか。リフトで山頂まで行けるらしい。少し下ると滝もあるとか」
 他にも地上50メートルの高さの吊り橋や、ボートの貸し出しをやっている池などがあるそうだ。春休みとはいえ、午前中なら人も少ないのではないだろうか。のんびり楽しみたいから、人が少ないに越したことは無い。
「すみません、先輩」
 修一くんは小さく頭を下げた。
「え?」
「俺の方が先輩を元気付けたかったのに、なんだか逆になっちゃって。すみません」
「いや、それは、その」
「いっぱい楽しみましょうね」
 そう言って、彼はにっこり笑った。
 その笑顔は屈託ないもので、私も思わずつられそうなほどにまぶしく映った。
「うん。行こうか」
「はい!」
 元気な返事に、私の心も軽くなるような気がした。

BACK INDEX NEXT