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正鵠を射るために・2(2)


 その高校の弓道部は、部員が少なかった。
 弓道部があることは事前に調べがついていたのだが、部員の数までは把握していなかった。立派な弓道場があるから、人もそれなりにいると思い込んでいた。
 話を聞いたところ、ここ2年ほど新入部員の数が振るわなかったらしい。去年まで在籍していた卒業生が部員の7割以上を占めていたというから、事態は深刻だった。そういう意味では私は貴重な存在らしく、やたら丁重なもてなしをうけた。いや、お茶とか甘いものを食べるために私は入ったわけではない。……食べたが。
 練習よりも、まずは勧誘をしてほしい。そう頼まれたので、私はまわりの1年生を誘ってみることにした。
 弓道は女子の競技人口が多い。だから話を聞いてくれる人は結構いた。しかし先にはっきり言っておかないといけないこともあった。道具のことだ。
 弓道具は高い。安いものでも一式揃えるのに数万円はかかる。そのことを説明すると、途端に人は離れていく。仕方ないと思う。ちょっと気軽にはうなずけない金額だから、その反応は当然だった。先輩には下手なやり方だと言われたが、最初から話しておいた方が後々面倒がなくて済む。道場には練習用の弓もいくつか置いてあるが、手入れもされていない古いものばかりで、3年間通して使うにはあまりに粗末な気がした。
 勧誘は大成功とはいかなかった。それでも2人が新しく部に入ってくれた。正確には1人は元から入るつもりだった経験者なので、私の勧誘に乗ってくれた者は1人だけだったが。
 男子の方も新しく2人入り、とりあえず団体戦に出場できる人数は揃った。
 ようやく弓が引ける。大会も大事だが、私にとっては毎日弓を引けるということが一番重要だった。



 新しく入った女子2人のうち、経験者の子は阪東伊代(ばんどういよ)、未経験の子は立脇(たてわき)こよみと言った。
 伊代は私よりも上手かった。的中率はお互いに6割といったところだったが、彼女は私よりも綺麗な射形を持っていた。あまり感情を表に出さないので冷たい印象を受けるが、弓道が大好きだということはすぐにわかった。道具を大事に扱う子だったからだ。
 こよみは弓を引き始めの頃、弦で耳や腕をよく弾いた。射形が固まっていないときにはよくあることだ。弓を引くことに恐怖心を持ってしまわないかと、私は危惧した。体も小さく気の弱そうな外見をしていたせいもある。しかし彼女は練習熱心だった。すぐに克服して、めきめきと上達をしてみせた。見た目に反して芯の強い子だったのだ。
 私たちはすぐに仲良くなった。
 私はそこまで人付き合いのいい方ではないのだが、なぜか二人とはウマがあった。たぶん弓道が好きだったからだろう。私も、伊代も、始めたばかりのこよみも、その点は同じだった。
 私たちだけじゃなく、部員全員仲がよかった。あまり上下関係に厳しくなかったからかもしれない。男女で遠慮や壁ができることもなかった。かといって緩いわけでもなく、いいかげんな点はなかった。大会も、優勝までは行かないものの、上位の成績を修めていた。
 みんな真剣に弓を引いていた。
 中学のときも、その空気は少なからずあったと思う。でも、ここは純度が違った。
 競技である以上、的に中てることを第一に考えてしまうのは仕方がない。私もそれを無意識に意識していた。しかし先輩たちは違った。的中させることより、ただ弓を引くことだけに集中していた。そしてそれは、伊代も同じだった。
 伊代は中てることを意識していなかった。的を外してもそのことにとらわれず、ただ自分が思い描く弓射にのみ意識を傾けていた。伊代に言わせれば、意識を傾けること自体が不完全で未熟な証らしいが、私は大いに感化された。率直に言って、かっこいいと思ったのだ。初めて弓射を見た中学のときみたいに、私は伊代に憧れた。
 伊代だけではない。こよみからも大きな影響を受けた。伊代とは違う純粋さを彼女は持っていた。弓を引くことが楽しくて仕方がないという、まっすぐな想いだ。私も始めたばかりの頃はそんな気持ちをいっぱいに抱えていたはずだが、長く続けていくうちにそのまっすぐな気持ちはどこか変質してしまった。ただ純粋に弓を引くことが好きだったあの頃とは違い、余計なことを考えるようになった。しかしこよみを見ていると、かつての気持ちをもう一度思い起こして、胸に刻むことができるように思えたのだ。こよみの熱意に、私は触発された。
 二人の存在は、私の弓道をさらに深めてくれた。
 弓道は個人競技だ。突き詰めれば自分との戦いになるから、他人を意識しすぎるのはよくない。でもお互いに高め合えるような誰かを意識できるのは、きっといいことだと思う。伊代は否定するかもしれない。こよみは謙遜するかもしれない。だが、私ははっきりと自分の弓道が成長していることを実感した。
 切磋琢磨というのは、本当にあるのだ。

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