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想い一途に(二人の場合)・5


 熱いお湯を全身に浴びながら私は頭の中を整理していました。
 私のお母さんと留衣くんのお父さんが、その、『そういう関係』だったことをお母さんから聞かされた時、一つの可能性が頭をよぎりました。
『私の本当の父親は、ひょっとして留衣くんのお父さんなのではないか?』
 何を馬鹿なことを、と思われるかもしれませんが、可能性はゼロではありませんでした。
 お母さんとおじさんの深く複雑な関係、お母さんが感じていた負い目、留衣くんの私に対する兄のような態度、様々な要素が私に疑念を抱かせたのです。
 確かめれば済むことでした。でももしその想像が間違いではなかったら、私の留衣くんへの想いは行き場を失ってしまいます。
 腹違いでも兄妹になってしまったら、私は──
 そして私が選んだ道は、『すべてを忘れる』というものでした。
 自分の体質のことも、留衣くんの力のことも、親同士の関係のことも全部なかったことにして、私は知らないふりをしたのです。
 それも、無意識のレベルで。
 留衣くんに対する想いだけが私の支えだったから。
 ……いえ、言い訳です。これは私の我が儘です。
 二年以上も留衣くんに責任を押し付けて、私はのうのうと生きてきたのです。
 留衣くんは私をずっと守り、助けてくれていたのに。
 留衣くんに筋違いの罪をなすりつけて。
 心のどこかで自分がめちゃくちゃなことを言っているのはわかっていました。矛盾しているのは明らかだったのですから。
 留衣くんへの想いを守るために知らないふりをして、そのふりを続けるために留衣くんを悪者にしてしまって。
 挙げ句の果てに留衣くんから離れようとするなんて。
 留衣くんから離れたら生きてはいけない。そんなことはわかっていたのに、向き合う勇気を持てないばかりに自分の都合を押し通して。
 自分の愚かさに涙が出そうでした。
 でも私はこらえます。
 泣いている場合じゃないのです。留衣くんに言わなければなりません。私がずっと騙してきたことを。
 私の嘘を。
 これで嫌われても仕方ないでしょう。それよりも私は留衣くんを解放してあげなければなりません。
 もう自分を責める必要なんかないのだと。
 苦しむ必要などありはしないのだと。


 お風呂場から上がり、服を着替えてリビングに戻ると、留美さんがグラスにお茶を入れてくれました。家の中にあったものではなく、新しく買ってきたもののようです。
 激しく嘔吐した割にはあっさり飲めました。むしろ冷たさが心地好く感じられました。
「兄妹、か」
 不意に留美さんがぽつりと呟きました。
「そんなことあるわけないのにね……。でも、あなたがそういうことを考えてしまった気持ちは、わからなくもないのよね……」
 梅雨空のように、留美さんの表情が陰ります。
「……あの、それってどういう、」
「私もあなたのお母さんによく疑いの目を向けていたからね」
 寂しげな顔。
「私は渚さんより歳下で、あの人と比べたら自分に魅力があるとは思えなかった。だからいつも不安だったの。うちの人がいつか渚さんの方を向くかもしれない、ってね」
「……」
「いやー、実際『そーいう関係』だったわけで、私もそのことを知らされているわけじゃない? 口では納得してるようなことを言っても、やっぱり内心面白くなかったのよ。自分の旦那が自分以外の女を抱いているんだから当たり前といえば当たり前だけど」
「……」
「で、悔しいことに渚さんは物凄くイイ女なわけ。嫉妬も羨望も昔は普通にあって、結婚してもしばらくはめちゃくちゃ悩んでいたわ」
「……」
「留衣を産んでからはもうそういう感情は小さくなっていったけどね。でも、一回だけ嫉妬というか、疑いが再燃したことがあった。わかる?」
 私は少し考えて、頷きました。
「そう、あなたが生まれた時。本当に渚さんと敏雄さんの子供なのかって、みっともないけどまた不安になっちゃって。敏雄さんから検査結果の書類を渡されてようやく安心したの」
 留美さんは自嘲気味に笑いました。
「こんなものよ。大人とか子供とか関係なく、不安になるときはなるの。嫉妬もするし、変な疑いも抱く。だからってわけじゃないけど、あなたのしたことも特別罪深いものではないと私は思う。思春期の女の子がちょっとだけ自分のことに悩んで、ちょっとだけ周りに迷惑を掛けただけ。ただそれだけのことよ」
 優しい言葉でした。
 私は、それだけで罪悪感が払拭されるわけじゃないけれど、少しだけ安心しました。
 留美さんは私にとってやっぱりかっこいいと思える人でした。
「本当に、私と留衣くんは兄妹じゃないんですか?」
「今言ったじゃない。ちゃんと検査で判明してるわ。だから安心してあなたはあなたのなすべきことをなさい」
 なすべきこと。
「……はい。ちゃんと留衣くんに謝らないといけませんね」
 許してもらえるとは思いません。でも二年以上も彼を苦しめた私にできることはきっとそれだけです。
 嫌われても構いません。きちんと彼を解放して、この歪な関係に決着をつけるのです。
 私が一人決心していると、留美さんは怪訝そうに私の顔を覗き込んできました。
「……いやいやいや、そうじゃないでしょ比奈ちゃん」
「え?」
「まあ謝りたいなら謝ればいいけど、あなたがしなければならないことは他にあるじゃない」
「……え?」
 私は一瞬頭が真っ白になりました。
 しなければならないこと?
 慌てて考えますが、見当がつきません。
「比奈ちゃん。あなたは恋する女の子なの。なら、やることは一つでしょ」
 …………。
 …………はい?
 まさか、と思ったと同時に留美さんは言いました。
「告白するのよ。相川留衣くん、あなたのことがずっと好きでした、って想いを全部ぶちまけなさい」
 いとも簡単に言いました。言ってくれました。
 私は呆然となりかけた意識を揺り動かして、勢いよく首を振ります。
「な……何言ってるんですかっ。そんなことできません」
「どうして? 留衣のこと好きなんじゃないの?」
「……っ、そ、それは、好き、ですけど、でも」
「なら言いなさい。告げなさい。宣言しなさい」
「だ、だからどうしてそんなことを」
「あなたがこれからも生きていくためよ」
 存外真剣な顔で言われて、私は口をつぐみました。
「あなたが生きていくには、留衣と共にこれからの人生を歩んでいくしかない。想いを伝えるのはそのための義務。隠し事禁止とまでは言わないけど、一緒にいたいならそれは絶対に必要よ」
「……義務」
「あなたたちはパートナーになるの。お互いに好き合っているのだから、何の問題もないじゃない」
 留美さんの言葉に私はまた驚きました。
「好き合って……?」
「……あなたたち、本当にわかってなかったの?」
 溜め息をつかれました。
 それはとても呆れたような、疲れたような、深い深い溜め息でした。

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