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想い一途に(二人の場合)・10


          ◇     ◇     ◇

 しばらく私は留衣くんの傍らで余韻に浸っていました。
 留衣くんにくっつきながら目を閉じて、心地好さに身を委ねます。
 幸せでした。
 今日一日いろんなことがあったなあ、とぼんやり考えて、しかし気だるさが邪魔をして思考がまとまりません。
 留衣くんの体は温かくて安心できます。
 私は留衣くんの腕を枕代わりに抱き締めました。留衣くんも多少疲れた様子でしたが、優しく頭を撫でてくれました。
 穏やかな空気に溶け込むように、私はそのまま眠ろうとして、
 ふと、私がそのことを思い出したのは、自分の脚の間に残る感触に気付いた時でした。
 私の大事なところから生温い液が漏れ出てきます。
 中に出された異性の液。
 普通なら慌てるところですけど、私と留衣くんの場合は少し事情が違います。
「ねえ、留衣くん」
 顔を上げて呼び掛けると、留衣くんは億劫そうに首を動かしました。
「ん?」
「前言ってたよね。本当に留衣くんは、その……子供を作れないの?」
 彼はぼんやりしたまま、表情を変えません。
「ああ、そうみたいだ。医者に検査してもらった時に、無精子症だとはっきり言われた」
「……」
 私は、複雑な気持ちになりました。
 子を生せないというのは、とても哀しいことではないでしょうか。
「治せないの?」
「どうかな。精子自体はちゃんと作れるみたいだから、手術すればひょっとしたら治せるかもな」
「本当に?」
「可能性はある。まあ、治す気はないけどな」
「どうして!?」
 私が声を上げると留衣くんはきょとんとしました。
「いや、『調律』……俺の力をお前に使うためには、その、中に出さなきゃいけないわけだし」
「私のため?」
「まあ、そうなるか」
「だったらやめて。ちゃんと治してもらった方が私は嬉しいから」
「……なんで」
「なんでって……だって、その……」
 私は答えに詰まります。
 だって、私は留衣くんが好きなのです。
 だから、いつとははっきり言えませんし、先のことなんてわかりませんが──それを望むのは当たり前だと私は思うのです。
「留衣くんは、子供ほしくないの……?」
 留衣くんは目を見開きました。
「……な、なんだよいきなり」
「私はまだ中学生だけど……大人になったら、きっとほしいと思う」
 今はまだ私自身が子供だけど。
「その時その相手が留衣くんだったら……ううん、絶対に留衣くんだと思うけど、今のままだとほしくても作れないから、だから……」
 私にはもう留衣くん無しの人生なんて有り得ません。
 留衣くんとの間に子供ができたら、きっとそれは素晴らしいことです。
 先のことなんてわかりませんけど、今の私にはそう思えました。
「……難しいんだよな」
「え?」
 留衣くんは困り顔になりました。
「お前がそう言ってくれるのは嬉しいよ。でも、生まれてくる子供がお前と同じ体質だったら……俺は後悔するかもしれない」
 頭の中が真っ白になりました。
 私の『魂が零れやすい』体質というのは、母からの遺伝です。
 必ずしも遺伝するとは限りませんが、もし私の子供にもそれが受け継がれてしまったら──
「そういうことだ。子供のことを考えると、どうしても躊躇ってしまう。お前と新しい家族を作れたら嬉しいけど、でも気軽に結論を出せる問題じゃないから」
「……」
「それに俺は、比奈と一緒にいられるだけで満足なんだ。子供は作れないかもしれないけど、その分お前を大事にしたい」
 留衣くんはちゃんと考えています。私より三つ歳上ということもありますが、先のことをしっかり見据えようとしています。
 子供のことは多分ずっと前から考えていたのではないでしょうか。
 その結論が、作らない。
 それが最善なのかもしれません。
 しかし、
「それでも、ほしいって言ったら?」
 留衣くんはまた目を見開きました。
「そんなにほしいのか?」
 私は首を振ります。
「わからない……。正直自分が母親になるなんて、うまく想像できない。よく、わからない」
「……」
「でも、でもね、多分そういういろんな問題とか、そういうことを全部含めて今の私はいると思うの」
「……どういう意味だ」
「だって──お母さんは私を産んだよ?」
 留衣くんが微かに息を呑みました。
「お母さんは自分の体質をわかっていて、それが私に遺伝する可能性があることも承知していたはずだもの。それでもお母さんは私を産んだ」
「……」
「それはひょっとしたらすごくひどいことなのかもしれない。でも私は少しもお母さんを恨んだりしてない。むしろ感謝してる。生まれてこなかったら、こうして留衣くんの隣にいることもできなかったんだから」
 なんとなく思うのです。きっと母はたくさん悩んだに違いありません。それでも母は私を産んでくれて。
 父の、愛する人の子を産みたいという気持ちもあったでしょう。でもそれ以上に、もっと単純な理由で私を産んだのではないでしょうか。
 母は、私に会いたかったのではないかと。
 自分の子に会いたくて、そのために私を産んだのではないかと。
 それは本当にただそれだけのことです。でも、多分とても大切なことです。
 果たして私は生まれ、父に、そして母に会いました。
 それから十年余りの時間、二人は私を愛してくれました。
 もちろん自分の体質を疎ましく思いはします。でも、決して生まれてきたことを嘆いたりはしません。
 だって、私は愛されていたのですから。
 そして、愛されているのですから。
 だから、かつて母に言ったように、私はずっと好きでいます。
 父も母も、いつまでも好きでい続けます。
「やっぱり治した方がいいよ」
「そうか?」
「うん。それで、うまくいって子供ができたら……私はいっぱいその子を愛したい」
「……」
「私が受けた愛情を、同じようにその子に注ぎたい。留衣くんと私の子供ならなおさら、ね」
「……」
「もしその子供が私と同じ体質だったとしても、治せる方法があるかもしれないし、私は簡単に諦めたりしないよ」
 留衣くんは軽く溜め息をつきました。
「……お前はすごいな」
 呆れ半分感心半分といった様子で、留衣くんはやれやれと首を振りました。
「でもな、そういう話はもっと違う時にすべきだと思うんだ」
「え?」
 留衣くんがおもむろに体を起こしました。私は茫然とそれを眺めていましたが、
「お仕置きだっ」
 突然組み伏せられて、めちゃくちゃ慌てました。
「な、何!? 留衣くん?」
 留衣くんはニヤリと意地悪な笑みを浮かべます。
「愛を交わし合ってゆったり余韻に浸っていたのに、空気読まないで小難しい話をするお前には、いろいろ教えなきゃならないようだ」
「な……」
「まずはもう一回改めてやり直すぞ。今度は余力も残せないくらいいっぱい気持ちよくしてやる」
「……っ」
 無茶苦茶なことを言う留衣くんは、とても楽しそうでした。
「それに、子供ほしいんだろ? 今から予行演習しとかなきゃな」
「る、留衣くんのヘンタイ! 痴漢! 強姦魔!」
「全部否定できないのが実に辛いところだな」
 全然辛そうに見えない顔で、留衣くんが迫ってきます。
 私はむー、と唸りましたが、結局諦めて体の力を抜きました。
 抱き締めながら、留衣くんが小声で囁きました。
「比奈──愛してる」
 赤面しながらなんとか返事を返し、私はそのままゆっくりと留衣くんに溺れていきました。



 お母さんがずっとお父さんを愛していたように、
 私も、ずっとあなたを愛したい。
 あなたが私にくれる幸せを、
 ずっとずっと大切にして、これからもあなたの側で生きていくよ。
 変わらない心で、想い一途に──。



   <了>

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