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Lost stuffed animal・10


「結局、どこかに隠したって事になるの?」
「まあ、そういうこと」
 カスミはまだ楽しそうに笑っている。
 一方私は、どっと力が抜けてしまって、その場にしゃがみこんでしまった。
 犯人だなんて、ややこしい言い方をしないでほしい。怖かったのだから。
「……でも、一体どこに? 家にはなかったじゃない」
 この前8年ぶりにカスミの家に上がったが、タンスの上にも、押入れのダンボールの中にも、シャチのぬいぐるみは見当たらなかった。
 何より、カスミ自身が言っていたではないか。

『ごめんね。もうここにはないんだ』

 あの日私とカスミが会ったのは本当に偶然で、家に行ったのもイレギュラーな出来事だったはずだ。ぬいぐるみを隠す暇なんてなかったから、あそこには本当になかったのだと考えられる。
 ではどこにあるのか。タイムカプセルに入れなかったくらいだ。当然手元に置いているだろう。床下や天井裏にでも隠しているのだろうか。ここにはないという言葉に、嘘はないように思ったが……。
「ヒント。私は嘘はついていません。そして、家の中には隠していません。それでいて、誰の手にも渡らない取って置きの場所といえば、さあどこでしょう?」
 わかるわけがない。私は探偵ではないのだ。
「……私が悪かったから。お願いだから隠し場所を教えて」
「ユキノは根気がないなあ」
「いじめないでよ」
「ごめんごめん。今から見せるから」
 すると、カスミはゴリラのぬいぐるみをさかさまにひっくり返した。
 そして股下についている小さな金具をつまむと、ジイイイイイと音を立てながら、縦に割くように引っ張った。
 え。
「嘘はついていないからね」
 ジッパーを開けて出てきたのは、白黒の模様に彩られた小さなぬいぐるみだった。
 急に目の前に小さなシャチが現れて、私は今度こそ驚きのあまり固まってしまった。
 声も出なかった。
 ゴリラのぬいぐるみの中に、シャチのぬいぐるみを隠していたということ?
 これはずっと、タイムカプセルの中に眠っていたということ?
 8年間も?
「…………」
 呆然となったまま反応できないでいると、カスミはぺろりと舌を出した。
「これで謎は解けた?」
 解けた。
 そのゴリラはカスミが持っているぬいぐるみの中では一番大きいもので、ちょっとした赤ん坊並みである。対してシャチのぬいぐるみは、一番小さい手のひらサイズのもので、それはまあたしかに、中に詰めようと思えば楽に詰められる。  ゴリラは代わりではなく、本命を隠す器に過ぎなかったのだ。
 私はもう一度、カスミの言葉を思い返す。昼間の言葉。再会した日に家で行った言葉。8年前の言葉。

『うん。一番お気に入りだった物を入れたの』
『捨てられなくてさ』
『ごめんね。もうここにはないんだ』
『うん。一番お気に入りの物を入れようと思って』

 嘘は、言っていなかった。
 謎は解けた。
 解けたけど。
「……カスミ」
「怒った?」
「怒る気力もなくなった」
 結局は、カスミのいたずらに8年間振り回されたということになるのか。
 私は何のために悩んでいたのだろう。もちろん盗んだ私が全面的に悪いのだけど、釈然としない気分だった。
 街灯の下で、ずいぶん馬鹿なことをやっているなあとぼんやり思った。
 でもそれは、脱力感はあるものの、そこまで悪い気はしないものだった。
 子供の頃に戻ったみたいだ。
「……別に、いたずら目的だけでこんなことをしたわけじゃないよ」
 不意にカスミがぽつりとつぶやいた。
 その声には真摯な響きが含まれているように思えて、私は立ち上がって居住まいを正した。正対して、カスミの言葉に耳を傾ける。
「私、なんとなくユキノがぬいぐるみを盗んだ気持ちがわかったの」
「え?」
「たぶん、寂しかったんだろうなあって思ったの。なんだろう、彼氏が車にばかり夢中になってて、そのことに辟易する彼女の心境というか」
「……なにそれ」
 私は噴き出してしまう。妙な例えだ。
 しかし、案外言い得て妙な例えかもしれない。冗談めかしてはいたものの、言いたいことはわかる。
 子供の頃はそんな、理屈じゃない感情にとらわれてしまいがちだ。
「それで、ちょっと悪いことしたなって思ったから、その原因になったものを遠ざけようと思ったの。ちょっとした反省と戒め。ゴリラの中に隠したのは、ユキノに見られたくなかったから。そういうの、バレると恥ずかしいからね」
 照れくさそうに、カスミは言った。
 私は――納得した。
 同じようなことを私もやった。カスミからもらったプレゼントを、タイムカプセルの中に封じ込めた。
 もしかしたら、私たちは同じ日に、同じような気持ちを抱いていたのかもしれない。
 私の方は相手と違って、臆病な心に突き動かされただけだけど。
 それでも気持ちに重なる部分はあったのだろう。
 私は、目の前にいる友人のことが大好きだったから。
 カスミも、そう思ってくれているだろうか。
 内心は見通せないけど――少しくらいは都合よく考えてもいいのではないか。
 なんといっても、カスミは嘘をつかないのだから。
『一番の友達』だと言ってくれたから。
 一際強い風が吹き、体が震えた。
「帰ろっか」
「そうだね」
 私たちは並んで帰路を歩き出した。
 もう隣の友人に隔意は抱かなかった。隣に自然と並ぶことができた。
 ――やっと、この場所に帰ってくることができた。

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