で、だ。
ソファーの上で、かわいい彼女と抱き合っていたら、必然的に別の気持ちが昂ってしまうわけで。
それもカラオケボックスの奥の1室で、薄暗い照明の下で密着状態というのは、普段と違う雰囲気がありありなわけで。
何が言いたいかというと、下腹部の辺りがむずむずして落ち着かなくなっているのですはい。
こちらに体重を預けるようにくっついていた文花は、その上体を少しだけ起こした。お互いの間に僅かな隙間ができる。けどそれは、その身を離そうとしているわけじゃないようだった。
彼女の顔が目の前にやってきた。
その口唇の端が微かに釣り上がった。
「する?」
そんなことを、楽しそうに囁く、ぼくの彼女。
「な、なにを?」
とぼけようとしても無駄であることは百も承知している。なぜなら彼女はすでにこちらの異変に気づいているだろうから。
「言ってほしいの?」
いつもよりも多弁になっている気がする。さっきの余韻がまだ残っているのだろうか。
「セックスする?」
真正面から放つ右ストレートのように、彼女の言葉はまっすぐで強烈だった。
場所がカラオケボックスじゃなかったらうなずいているところなのだけど。
「ここはさすがにまずいよ」
「平気」
「何が」
「ここなら平気」
その謎の自信の根拠はなんですか。
「ここね、穴場なんだって」
「は?」
「お店の人も黙認してる。だから、平気」
いやいやいや。そんな、自信満々に断言されても。
だいたい誰からそんな話を聞いたのだろう。口ぶりから誰かから聞かされたようだけど、そんな変なことを吹き込む知り合いが彼女の友達にいただろうか。
あ、いる。一人。
「もしかして、先輩から聞いたの?」
さあ、と首を傾げる文花。それは肯定の意味と受け取ってもかまいませんね?
ぼくの家の近所に住む1個上の先輩は、子ども会とかで小さい頃からいろいろお世話になっている人だ。見た目はものすごく美人なのだけど、困ったことに彼女は二刀流とか両刀使いとか自称するバイセクシャルだ。ぼくの知らないところで文花にちょっかいを出しているみたいで、すごく気がかりだったりする。
バレンタインのときにいろいろあったけど、なぜか文花も先輩のことを嫌いではないらしい。友達としていろいろ付き合いがあるようだ。友達として。たぶん。きっと。
まあ先輩ならそういう変なことを知っていてもおかしくはないと思う。もしかして日常的にここを利用しているんじゃないかあの人。
「まさか、あの人といっしょにここに来たりしてないよね?」
「1回だけ」
「来たんかい!」
ナンパ男よりそっちの方を注意しなければならないようだ。
「文花。あの人は危険な人だから、近づいたらダメって言ったでしょ」
「平気」
「うん、兵器だね、あの人。心乱す」
精神攻撃やめてください先輩。ほんとに心配なんです。
いや、文花にそっちの気はないはずだから、深刻な事態にはなっていないとは思うけど。
「文花。今は……」
「だめ」
話を逸らして逃れようとしても無駄だった。彼女の口がこちらの口をふさいだため、言葉も出せなかった。
それをはねのけられるほど、ぼくの精神力は強くない。彼女の感触と匂いに乗って、愛情がダイレクトに伝わってくる。そのまま体が横に流れて、ソファーの上に押し倒された。
文花がキスを続けながら、テーブルの上のリモコンを掴み取り、片手で器用に操作した。スピーカーの音量を上げて、適当に曲を入れて、これで準備は万端といったところか。ぼくは逃げられない。片手間でも、文花の押さえ込みに隙はなかった。
しばらくすると、知らない曲が流れてきた。そのしんみりとした曲は、あまり今の状況に合っているとはいえない。文花のキスは情熱的で、激しかった。
ここまでされて退くわけにはいかなかった。覚悟を決めて文花を抱く。それが伝わったのか、文花の体から余計な力が抜けていく。ここからは無理にする必要はない。
キスをしながらお互いの服に手をかける。ブラウスのボタンを外すと、同じようにこちらもボタンを外された。なんだかくすぐったい。脱がされるのは恥ずかしいのだ。
ここで問題になるのは覗き窓の存在だ。カラオケルームの防音設備はそれなりに整っているから、あえぎ声くらいなら外に洩れる心配はないだろう。しかし廊下から室内の様子はドア窓を通してある程度覗けるようになっている。薄暗い室内とはいえ、よくよく目を凝らせばこちらの様子を窺うことはたやすいだろう。
情事の現場を見られたいわけがない。ましてや文花の体を誰かに見られるのは我慢できない。
「……着たままでしようか」
ボタンは外してしまったけど、そこまでにしておく。下着も、ずらすだけ。取らない。これならまあ、少なくとも体を見られずには済む。はず。
隠しカメラとか、どこにもないよね?
一抹の不安を抱えながらも、行為はどんどん先へと進む。いつの間にか文花がファスナーを下ろして、ぼくのを取り出そうとしていた。
止める間もなく、あっさり露わになる下半身。
文花がうれしそうにその先を右手で撫でた。
「う……」
柔らかい細指の感触が気持ちよくて、思わず声が漏れた。
微笑が浮かぶ相手の顔は、実に楽しそうだ。
ぼくはソファーから身を起こそうとした。しかし文花の左手に額を押さえられて、それは叶わなかった。
文花はマウントポジションでぼくを押さえ込むのがお気に入りのようだ。これまでにも何度か経験しているけど、どうも味をしめたらしい。
でも、よく考えたらこの体勢で最後までしたことはあまりない。バレンタインのときにやったことはあるけど、あれはちょっと特殊なケースだった。
「文花」
かわいらしく首を傾げる。
「たまにはこのまましようか」
なぜか苦笑いされた。
まあ、その反応はわかる。ここから抜け出せない子が何言ってるの、とちょっと呆れられているのだ。前に抜け出したときはどうやったっけ。スカートめくりはもう効かないだろうし、クリスマスのときのように横に転がってソファーの下に落ちる方法も、たぶん読まれているからさせてくれそうにない。
というわけで、ここはおとなしくされるがままになった方がいいように思った。
どんな体勢でも、文花と愛し合うのは気持ちいいから。
逸物はすっかり文花の手の中で硬化していて、今すぐにでも入りたいとびくびく震えている。先の方から透明な液もにじみ出てきている。翻って文花の方はどうだろう。ぼくはまったく触れていないし、文花だって自分で弄ってはいない。前戯もなしにつながるのは難しい。
そう思ったのだけど。
文花の息が弾んでいる。
薄暗い部屋の中ではいまいちわかりづらいけど、顔が赤らんでいるのは照明のせいだけではないようだった。
何もしていないのに、文花は興奮している。
「文花?」
うん、とうなずく文花。
「今、人が通った」
「!」
息を呑む。
文花は平気だと言ったけど、その言葉が果たしてどこまで本当なのか、確かめるすべはない。もし今の状態を店員か他の客に見咎められたら。学校にも連絡が行くだろうか。いくらなんでもそれはまずい気がする。
けど、ぼくの心配をよそに、文花はまったく別の事を口にした。
「どきどきする……」
ぽつりとそんなことを言ったのだ。
もしかして、今の状況に興奮している?
強心臓すぎる。いざというとき女性の方が度胸が据わるという話は本当だったのか。こういうのは度胸とは言わないか。いや、今はそんなことどうでもいい。
「文花、本当に見つかったらまずいよ」
「じゃあ……早く、しよ」
文花がスカートを持ち上げる。ショーツの隙間から、汗とは違う液が漏れ出ていた。
下着を僅かにずらして、文花はぼくのものめがけて腰を下ろした。
「くっ……」
自分の器官が相手の器官に呑みこまれていく。さすがにすんなりとは入らない。文花もこの体勢はあまり慣れていないのだ。
それでも何度も行ってきた行為だ。しばらくすると、ぼくらは完全につながることができた。
「……いつもよりおっきくない?」
「文花のがいつもよりきついんだよ……」
もしかしたら両方かもしれない。ここまでくると外部への緊張よりも、直接身に伝わってくる快感の方がはるかに強かった。
文花がゆっくりと体を動かし始めた。ボタンは外したものの、服は着たままだ。スカートも穿いたままで、視界に映る露出部は少ない。
だけど、この薄暗い空間のせいだろうか。彼女の姿はいつもより淫靡に見えた。
締め付けは強く、圧迫感を覚える。それが逆に心地よく、緊張や恐れを吹き飛ばす。
さっきまで肘やら脚やらいろいろ痛かったはずなのに、脳がしびれるほどの快感にすべてが塗りつぶされていくようだ。
文花の動きにあわせて、こちらも腰を動かす。ぬるぬるとした愛液が窮屈な中の動きを助けてくれる。
ほんの少し動いただけで、十分な刺激が次々と生まれた。快楽が、閃光のように鮮烈に脳を焦がし、一瞬の後に消えていく。それが規則的な電気信号のように何度も繰り返されて、体中が焼けてしまいそうな思いだった。
たまらなく気持ちいい。
文花とつながる行為はいつだって気持ちいい。
こんな場所でも、いやこんな場所だからこそ、より興奮を高められる。
やっとわかった。ぼくは、興奮しているんだ。この状況に。
だって、外で彼女とつながったのは初めてのことだったから。
いつもお互いの部屋で抱き合い、愛し合ってきた。ホテルにも行ったことないし、ましてやこんな場所でするなんて、思いもよらなかった。
きっと文花も同じだ。
誰かに見られるかもしれないとか、声が漏れてしまうかもしれないとか、そんなのは二の次だ。ぼくらは初めて自宅以外の場所で愛し合っているんだ。
普段と違う場所でするだけで、こんなに気持ちが変わるなんて知らなかった。
ぼくは彼女の目を見上げる。
彼女はぼくの目を見下ろす。
視線を交わして、互いに微笑みあった。
「文花……動き激しい」
「ん……こーすけ、くんも……あっ」
苦しそうに喘ぎながら、腰の動きは止まらない。
こっちも心臓がばくばくと鳴っている。耳に血流の音が響いているような気さえする。
服を着たまま互いの体温と性感を高めあって、ぼくらは達しようとする。
このまま彼女の中に吐き出したい。それだけを強く思った。
文花は微笑んだまま、こくりとうなずいた。
心の声が聞こえたわけでもないだろう。だけどこちらの限界が近いことを察知したのかもしれない。
「ん、あっ、あんっ、すき、こうすけくん、すき……」
「ふみ、か……!」
熱を放出すると同時に、文花の体が痙攣するように震えた。
「あ、くっ、うんんっ」
色っぽい声を漏らして、文花は前のめりに倒れこむ。
そのままぼくの胸に頭を預けて、ぎゅっと抱きついてきた。小さな体を支えるように、ぼくも彼女を抱き返した。
頭上で激しい曲が鳴り響いている。余韻に浸るには少しうるさい感じだけど、これなら眠りこけてしまわないだろうから、好都合だった。
「耕介くん」
胸元から恋人のかわいい声が聞こえた。頭を軽く持ち上げると、唇を奪われた。
感触に安心感を覚えながら、静かに目を閉じる。
行為の熱が冷めるまで、ぼくたちはつながったまま永遠に続くようなキスを交わし続けた。