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縁の片 揺蕩う少女・7


 直接少女の魂を食べたわけではない。
 あくまで美春が狙ったのは男の魂であり、少女はそれに巻き込まれただけである。だが無傷ではなく、少女の魂にはひびのような傷が刻み込まれてしまった。
 否、刻み込んだ。
 故意ではなかったとはいえ、美春がその手で少女を傷付けてしまったのだ。
 呆然と膝をつく美春を尻目に、明良は気絶した少女を抱き起こす。
「……大丈夫。魂に傷はあるけど、まだ充分間に合う。美春ならこの程度問題なく治せるだろ?」
 美春は答えない。
 放心した表情は地面をぼんやりと眺めている。
「おい!」
 明良は相棒の肩を乱暴に掴んだ。
「まだ間に合うんだ。後悔は後でいくらでもできる。今はできることをしろ。美春にしかできないんだからな」
 顔を近付けて強く叱咤すると、美春はゆっくりと頷いた。
 少女を美春の膝に移す。美春は優しくいたわるように少女の頭を撫で、マッサージをするように体を撫で回していく。
 魂操作を得意としている美春は、他者の魂の傷を治したり、魂を送り込んだりできる。その分感知は得意ではなく、明良がその穴を埋める立場だ。
 にもかかわらず、少女の接近に気付くのが遅れた。そのことを明良は許せなく思った。
(もっと早く気付けるはずだったのに……何やってるんだ俺は!)
 男にダメージを与え、戦闘はほぼ終わったと油断していたのかもしれない。
 しかしそんなことは言い訳にもならなかった。
「どうだ。治りそうか?」
 努めて冷静に問い掛けると、美春は小さく頷いた。
(一応……ただ、安定していた魂を何の準備もなく傷付けたりくっつけたりしたから、何か異常が出たりする……かも)
「具体的には?」
(視力とか、感覚機能の低下とか……)
「そうか」
 明良は少女を見やり、次いで美春を見やった。
「起きたら事情を説明しよう。それで異常がなかったら問題ない」
(……ん)
 美春の顔は曇ったままだ。
 溜め息をつきかけて、明良は慌てて堪える。自分まで落ち込んでしまったら、もっと空気が重くなる。
 しばらくして、
「ん……」
 か細い呼気を漏らして、少女がゆっくりと目を開けた。
 美春が勢いで覆い被さるように少女の顔を覗き込む。
「…………みは、るさん?」
(気が付いた? 大丈夫? おかしいところとかない?)
「え? あの……」
 少女は戸惑った様子で体を起こすと、周囲を見回した。
 明良は何も口を出さない。さっきまで話していた美春に対応を任せた方がいいだろう。
 現状をうまく把握できていないのだろうか、少女はしきりに目をこすったり、周りをじっと見つめたりしている。
(……どうしたの?)
「……ううん……何も」
(何があったか覚えてる?)
「えっと……」
 少女に思念で語りかける相棒を確認すると、明良はビルの外へと向かった。さっきバス停前に置き去りにしていった荷物を取りに行く。
 ビル内では美春が少女に事情を説明し続けている。


 旅行バッグを引いて戻ってくると、座り込んだまま二人が沈黙していた。
 なんだか妙な空気になっている。明良は軽く頭を掻いた。
「何だ? どうしたんだ?」
 心配になって美春に問い掛けると、首を振られた。
(なんでもない……この子を送っていきたいから、行こうか)
 弱々しい思念の波に、逆に心配が増す。
 ポニーテールの少女はどこか気が抜けたような顔で、ぼんやり床に視線を落としていた。


 何も言わなくなった美春の手を引きながら、明良はすぐ近くのビジネスホテルに入った。
 ポニーテールの少女を送った後(家まで送るつもりだったが、断られたのでバス停までだったが)、日も暮れてきたのでどこか寝床を探そうと歩いて、十分程で見つけた場所だ。
 裏通りに面した小さなホテルで、あっち目的で使われることの多そうな雰囲気だったが、休めればどこでもよかった。
 受付でチェックインをする。明良は二人、と人数を伝え、空室を確認した。
「美春。頼む」
 そこでバトンタッチ。ここからは美春の役割だ。
 美春は前に出ると、従業員に向かって囁いた。
『私達をただで泊めて』
 瞬間相手の体が強張り、虚ろな顔になった。
『私達の宿泊記録を残さないで』
「……」
『他の従業員達にもうまく言っておいて』
「……」
 それだけ言うと美春は鍵を受け取り、踵を返した。言霊の縛りはしばらく続くので、当分はゆっくり落ち着けるはずだ。
 二階の隅部屋に入るとベッドが二つあった。荷物を端に置き、二人はベッドに腰かける。
「……長い一日だったな」
(……うん)
 美春の表情は晴れない。
 明良には、何があったのか問い正す気はあまりなかった。なんとなく聞いてほしくないと思っているような気がしたからだ。
 代わりに言ったのは別のことだ。
「実体になるのも久し振りだな。半年振りくらいか?」
(……うん)
「声を出すのも久し振りだ。五感を働かせるのはやっぱりいいよ。生きてる実感が湧くから」
(……うん)
「……疲れただろ? 普段あまり使わない言霊を、今日は使いすぎなくらい使ったからな。もう休もう」
(……うん)
 言葉が途切れた。
 明良は言葉を探すが、何も出てこない。こういうときこそ支えてやらなければならないのに。
 もっとも、原因がわからないままでは対処のしようもないが。
(ねえ……)
 不意に思念が頭に響いた。
「ん?」
 それにできるだけ変わらぬ口調で短く返す。
(明良は……友達欲しいと思ったことは、ある?)
 少しだけ、意表を突かれた質問だった。だが心情はすぐにわかる。
「……昔は、な。今は、特には」
(……私もそう思ってた)
「……」
(でも……今日あの子と会って、思っちゃったの。友達になれればいい、って)
「……いいんじゃないか」
(駄目だよ……私、あの子を傷付けてしまったから)
「許してくれなかったのか?」
(わからない……心は読めないもの)
「……」
(友達になれればいいって……本当に思ったんだよ……)
「……ああ」
(なりたかった……でも、やっぱり駄目だよ。一緒にいたら、今日みたいに巻き込んでしまうから)
「……今日のは事故だろ」
 あのスーツ姿の男を恨めしく思った。最期妙な動きを見せたのは、これを狙ってのことだったのかもしれない。助からないと悟るや、せめて嫌がらせをしてやろうと、タイミングよく扉を開いたように見えた。
 邪推が過ぎるかもしれないが、明良はそう考えている。もっと動けないくらいに魂を壊しておくべきだった。
 それでも、あの男を食って、美春は今生きている。
 それだけは確かで、喜ぶべきことだった。
「とにかく、気にするな。下手したらあの子は死んでたかもしれない。傷付けたのはお前かもしれないけど、それを救ったのもお前なんだ。悔やむことはない」
(……ありがとう)
 感謝の台詞に明良は嬉しくなってはにかんだ。
「ほら、もう寝ろよ。疲れただろ?」
(うん……)
 美春はしかし横にならず、腰を上げて明良の隣に移動した。
(明良……)
「……何」
(久々に……抱いて)

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